
この激闘記を書いているのが、10月13日。大会から3週間・・・未だ届かず、大会実行委員会に電話をすると・・・『300個しかご用意していなくて、皆さん頑張って頂いたので足りなくなってしまったんです!手作りで只今制作中なんです!出来上がり次第、早急にお送りしますので、よろしくお願い致します。』とのことでした。発送でどこかに行ってしまっているのかと心配しましたが、これで安心です!ってことは、閉会式の時も貰えなかったってことね!(苦笑)自分の信越五岳完結はもう少し先のようです。(10月16日に到着)
今回の信越五岳トレイルランニングレースを振り返ってみると、ゴール後口にした『もういいや』という気持ちは翌朝の閉会式にはなくなっていた。それよりももっとランナーの為にできることで大会に携わりたい!という想いが湧いてきた。もちろんランナーとして飯綱山をベストな状態でクリアしたい!という気持ちもあるが、あれだけの距離を走るランナーをサポートできる大会なのだから、1人のランナーとしてサポーターとして参加したい気持ちが高ぶっている。
レースを振り返ると、トレイルデビュー戦としてはとても変化に富んでいて、飽きさせることのないコースレイアウト。特に斑尾周辺のロケーションや下りのスキー場直滑降はテンション上がりまくりだった!
一方で、林道に苦しめられる場面もしばしば。4Aからの登りに関しては相当ストレスを感じながら進んでいた。さらに最後の飯綱山。自分のコンディションが悪かったのもあるが、『後半がこのレースの核心部!』と表現する石川弘樹氏の気持ちがしっかり感じられた。このレースはトレイルレースなのだから!ロードの100キロとは違う自然の中での競技が魅力的なのだ!

様々な表情を見せる景色はまさに『旅』。自分の理想とするトレイルデビュー戦となった。写真を見る度に気持ち良かったトレイルと、苦しかった黒姫の下りと飯綱山が思い出される。しかしゴール写真を目にすると、楽しい思い出ばかりだ。
周りの仲間やお客さんには絶対出ることをオススメする!トレイルにはまっている方ももちろん楽しめるし、長く走りたい方にはもってこいだ!夜間のトレイルはかなり孤独なので、仲間を巻き込みぺーサーを付けることをオススメする。そしてトレイルでは前例のないアシスタントポイントの活用!今回出場した自分は、こうして欲しい!あれを用意しよう!これは喜ばれる!がわかったので、スポンサーアートスポーツとして何ができるかに置き換えていきたいと思う。もちろん個人的に参加できれば、アシスタントをしたい!
最後に6月に西湖・河口湖のトレイルイベントがきっかけで今回の信越五岳の出場のお誘いをしてくださった石川弘樹さんに感謝したいと思います。この自分の中にある充実感を大勢の方に伝えるのが使命だと思っているので、できることでこれからもお手伝いしていきたいと思います。
また、出場を悩んでいる時に『出たいならば出た方がいいよ!出たくても出られない人もいるんだし、来年はないかもしれないよ!出たい時が出る時だよ!』と背中を押してくれた妻のHANAと子供達にも感謝しています。
そして秋のシルバーウィーク後半3日間お店を見ていてくれた池袋店のスタッフにも『ありがとう!』と言いたいです。
これからももっともっと長い距離に挑戦したいアートスポーツ鈴木です。
皆さんの応援を力に楽しみながら走るをモットーに頑張りたいと思います!
今後ともよろしくお願い致します!
8A到着は17時間35分。予定よりは5分遅かったが、関門閉鎖まで25分ある。
ゴールの制限時間までは4時間25分あるので、まだまだ余裕はあるのだ。ここは90キロ、残りは10キロだ。登りに1時間30分、下りに1時間30分ならば21時間くらいでゴールには戻れるはず!この計画で最後の飯綱山に挑もう!
アシスタントポイントは最後だ。
3時間、水がなくなったり、食料が尽きては進める自信がない。まずは補給だ。

戸隠そばがこのエイドにはある。イスに座り込んでいたが、食べないとと思い貰いに行った。周りのランナーは西野君含め美味しそうに食べている。しかしそばは喉を通らない。舌に乗せた時点で『これはヤバイ!』と感じた。でも何かパワーを注入しないといけないので、スペシャルドリンクを作り流し込んだ。そしてハイドレーションには2.5リットルぐらい入れてもらい備えた。
アートスポーツスタッフも最終の応援に駆けつけてくれたので、声援をバックにスタートした。


90キロ 17時間54分 2時間55分
エイド先に関門のチェックポイントがある。ここが90キロだ。西野君とスタートしたが、階段を降り下り坂に入った時点で吐き気が来たので『先に行ってて!』と脇に逸れ膝に手をつきうなだれていた。やはり胃が受け付けなかったようで、8Aで食べたものがすべて出てしまった。こうなったら空っぽにした方が自分的には楽なので、胃を右手で左側に押し付けた。暗がりの中、関門を抜けたランナーが降りていく。中には『大丈夫ですか?』と声を掛けてくれる方もいたが、右手を挙げて応えた。とりあえずは自分の中で完了した。歩いてでもいいのでとにかく進もう。
降りていくと戸隠神社中社?があった。住宅地を抜けると再び砂利道になった平坦な道に入る。飯綱山の登山道まではあまり距離はないはず。
しかしこの歩きではキロ10分は掛かりそうだ。
少し落ち着いてきたので、歩き走りでリズムを作る。なかなか続かないので止まると脱力感が大きく、膝に手をやってしまう。
その繰り返しでなんとか登山道入口までやって来た!さてどれ程の登りなのか?
いざ飯綱山!
始めは通常の登山道だ。かなりガレ場も多いと聞いていたが、試走に行ったスタッフに聞いてもバラバラな意見。とりあえずはスムーズに登ることができる。抜かれることもなく、このペースならば1時間30分コースだろう。
途中スタッフの方がいる地点に到着。車が止まっていて『ここまでで登りは半分ですよ!』えっ!?まだ20分くらいのような気がするけど・・・。そんなに速くは登っていないだろう。少しキツくなったタイミングだったので、休憩と補給をした。後続のランナーの明かりが見えるが、かなり離れている。追い付かれる前にスタートした。
登山道は幅はある程度あるので、ルートの取り方で前に出ることはできる。
今のところ軽快な足取りで飯綱山もパスできるとタカをくくっていた。所々で岩に座り休むランナーが目に付き始める。90キロ以上の距離に加え、すでに19時間を経過しようとしている。限界に近い人も多いはずだ。
すると飯綱山登山道に入ってから1時間10分を経過した辺りから、クラっと立ち眩みのような状態になり、一気に吐き気が出てきた。出さないよりは出してしまった方が楽なので、胃の中をすべてなくした。しかし8A以降も水とカーボショッツくらいしか口にできないので、出てくるものも同じ。
この立ち眩みの感覚が短くなり、立ち止まるだけでなく座り込むことが多くなった。そしてまた出てしまう。脱水症状は避けたいので、積極的に水を飲みカーボショッツを流し込む。さらにはオキシショットを口に含みパワーを送り込んだ。
(スタッフ試走の写真)
段々と足元はガレ場が多くなり、脚の力だけではカラダを支えきれなくなってくる。1度に登る距離は短くなり、出してしまうこともその都度・・・ひどい悪循環だ・・・。岩を見つけ休んでいると『あれ?鈴木さん?』と男性の声。その声ですぐにOさんだと気が付いた。Oさんとはウルトラマラソンで並走したことがある。アートスポーツをよく利用してくれる常連さんだ!いつも優しい笑顔が嬉しい。そしてこんな時も自分を気遣って声を掛けてくれた。本人も膝の状態が厳しいのにここまでしっかりと進んできている。『無理しないで、ゆっくり来てくださいね!』『ありがとうございます!必ずゴールには間に合わせます!』どうにも辛い状況だったが、なんとか気持ちを伝えてOさんの背中を見送った。
どんどん離れて行き、Oさんの明かりも見えなくなった。この先どれだけ登るのだろうか?10分?20分?終わりの見えない飯綱山に負けそうになる自分がいた。
ここまで10回以上の吐き気を繰り返し登ってきた。それに比例するように2.5リットルあったハイドレーションが空に近づいてきた。ギクッとした!この先どうなるか?すると岩場の向こうに光が見えてきた。頂上か?頂上であって欲しい。もう登りたくない!正直な気持ちだった。
しかしそこは観察スタッフの場所だった。
『あとどのくらい登りますか?』の問いに『おっ来たな。全然ギリギリじゃないじゃん。』とSさん。ここにいましたか!ボランティアで参加のSさんはウルトラや山岳のスペシャリスト!Sさんじゃないとこの場所のボランティアは務まらないでしょう!
『いや、いっぱいいっぱいで。ここまでで摂る物すべて吐いてしまって、脱水にならないように飲んでは吐いての繰り返しなんです・・・。』
『そのペースだと20分は登るな。ガレ場はあと5分くらいだよ。手足のしびれは?』
『それはないですね。出してはいるけど摂ってはいるので・・・。あと20分も登るのか。』
『固形物はどう?』『ダメです・・・。』
『じゃあ飴は?飴ならば少しずつだから大丈夫じゃないか?』
『あっ、飴持ってます!』と前の日に100円ショップで買った梅飴を取り出し口に入れた。あと3個くらいはサイドのポーチに入っているはず。
時計を見ると19時間40分を経過しようとしている。行かないと・・・!
(スタッフ試走の写真)
また後ろからぺーサーと共に走るランナーの声が聞こえてきた。あの人達よりも先に行こうと決め、立ち上がった。
『Sさん、ありがとうございます!絶対ゴールしますから!』
手を使いながらじゃないと岩を乗り越えられない。後ろではSさんの『岩場はあと5分くらいですからね。』の声が僅かながら聞こえる。確実に1歩1歩進み岩場を乗り越える。先程と同様に苦しくなって、岩に座ることはあるが、吐き気を催すことはなくなった。そして後続のランナーが近づいてくる前にスタートをする。
コースは飯綱山の分岐点に近づいているようで、木々が立ち込める森の中から抜け開けた視界となった。雨が霧雨の様に降り続きライトの明かりを遮る。そんなところで上空から石川弘樹氏の声がする!『ここからは下りですよ〜!焦らずゆっくりゆっくり!間に合いますからね〜!』と微かに聞こえている。8Aの時点で石川さんが我慢しきれずに飯綱山を登ったというのは聞いていた。ここまで来ての応援は嬉しい!しかしまだ先か?Sさんの所からはまだ10分くらいしか経過していない。
ガレ場を抜けてからは歩幅を広げて速く歩く。時折雨のせいで足元が滑るので、慎重にならざるを得ない場合も多い。まだ登ってはいるので、呼吸も上がっている。雨にさらされているが、ほとんど寒くない。手袋もしていないが、冷えがないので体力の消耗は最小限に止まっている。後続のランナーに追い付かれることもなく、ペースが回復していることも確認できた。
(スタッフ試走の写真)
ようやく分岐点が近づいてきたようで、右手に下山に入ったランナーのライトと熊鈴の音が聞こえてきた。あとちょっとだ!岩場の先に灯りが見えてきた。ようやく分岐点に到着。
ここで一旦休憩。辺りを見渡すが、当然長野の夜景は見えない・・・。晴れていて明るい時に来いということか。
係りの人に『下りはどのくらい掛かりますか?』と聞くと、
『まあ1時間半から2時間だね。まだ間に合うよ!』
『いやでも、あと1時間55分しかないですね・・・。』と、時計を確認すると20時間05分を過ぎていた。


(スタッフ試走の写真)
『あまり余裕がないですね。じゃあ行きます!』
『気をつけて!』
『ありがとうございます!』
いよいよ下りに入る。
雨は相変わらず霧雨が続く。登りに対して鋭角に右に折れて行くので、登ってくるライトが見える。足元は深く段差があるところもあり、雨のせいでツルツル滑ってしまう。捕まるような木立は少ない。急な斜面になっているので、足取りは慎重にならざるを得なかった。完全に腰を落として足場を探す場所もあり、勢い余って肩から転がったり、しりもちを付いたりの転倒は1回や2回ではなかった。
(スタッフ試走の写真)
しかし登りと違い血糖値が上がり過ぎるようなこともなく、脚の状態からもある程度コンスタントに下ることができた。数人のランナーに道を譲ってもらい前に出ると、徐々にコースは森の中へと入ってきた。途中聞いていた鎖場もあり、前後に人もいなかったのでガッチリ持ってカラダを支えた。晴れていればこれは走れるのか?素朴な疑問だった。
ここからはとにかく集中の連続。足場を探したり、少し顔を上げて反射板からコースを探る。大きな分岐はまったくないが、当然前後に誰もいないので不安がよぎる。『ここで動けなくなったらどうしようもないな。』事前の説明会でも、発見したランナーが係員に伝えるとなっていたが、この先どのくらいでスタッフがいるのかもわからない。小心者が顔を覗かせる。
そしてようやくスタッフの灯りが1つ見えてきた。そこでトランシーバーからの無線が聞こえる。『飯綱の登りで気分の悪いランナー1名。体温の低下などはなし・・・。』ギクッとする内容だ。30分くらい前の自分のことを言われているように感じた。この後も無線が響いていたが、遠ざかりながら消えていった。下りに入ってから吐き気はない。飴はあのSさんのポイントから3つ目を舐めている。的確なアドバイスのお陰で今こうして動けている。本当にありがたい。
(スタッフ試走の写真)
後ろから追い付かれることがないので、このペースは遅い訳ではないと再確認し、急がず無理のない降り方をした。しかしゴールの飯綱高原はあとどのくらいだろうか?この先走れる場所はあるのか?いつものロードの100キロと違い、10キロも残っていないのに時間が読めないことに不安が絶えない。ようやく係員の灯りがまた見えてきた。あそこで山は終わりか?50メートルぐらい下なのですぐに着きそうだが、なかなか近づかない。
『お疲れ様です!その辺り滑るので注意してください!山はまもなく終わりです。元気な状態で15分から20分くらいで降りられますね。その先は林道になります。後ろにはまだ19人のランナーがいるそうですよ。』『ありがとうございます!やっと終わるんですね、この山道・・・頑張ります!』脚を止め呼吸を整えて、飴を舐めて水分はオキシショットだけを流す。時間はまもなく21時間05分を経過しようとしていた。林道まで21時間30分以内で降りておけば安心だ。
再び下山に向かうが、道がわからない。振り返りスタッフに聞くと『上を照らしてもらえれば、反射しますから!そこは左です!気をつけて!』すると下ってくるランナーのライトが2つ目に入ってきた。
ここまで来たら順位とかではない。まだスタッフの所には到着していないようなので、待たずに先に降りていく。その5分後くらいに、足音とライトが近づいてきたので道を譲った。ここで軽快に走るリズムを作れるのは凄いなあ!ちょっとだけ真似をしてタンタンタンと小刻みに脚をさばいてみたが、いつ躓いてもおかしくない!これは危ないので安全策で行こう。
あと15分の情報がとてもありがたかった。やはり初めての山の中、しかも夜中。練習で行った石老山ではいつまで登るのか、精神的に辛かった。しかし帰り道は知っているだけでかなり楽だった覚えがある。とりあえず降りることに集中しながら進むが、ふと脚をとられしりもちをつき、そのまま背中のザックまで地面に付いてしまった。いかんいかん!残り僅かだからこそ集中しなければ!時刻としては夜中の3時。眠気はまったくないが、やはり21時間以上動いているので疲労が溜まっているのだろう。
その後はしっかりと足元を照らしゆっくりと進む。やっと終わる100キロの道のり。目線の先はスタッフがいる灯りが見えないか?見えないか?と暗闇に自然と向かってしまう。その灯りが見えた時、まだゴールしていないが一気に安心感でいっぱいになった。『あと2キロは林道です!』『登りはないですよね?』『残念ながらないですよ(笑)』良かった〜!
ここでの時間は21時間25分を過ぎたところだった。あと2キロで35分、大丈夫!間に合うぞ!やっとやっとゴール出来そうだ!というところまで来た。久しぶりの林道。砂利道がこんなに走りやすいなんて、40キロ付近では考えられなかった。後ろからのライトがやって来たので、ゆっくりと歩き先に通す。かなりダッシュに近い走りで消えていくランナーもいた。
自分は少し走り出してみるが、再び吐き気が襲ってきた。この時、手元に飴はなくカーボショッツだけをフラスコからチビチビ摂っていた。やっぱりダメなようだ。5分くらい道端で前屈みになったまま、胃が空っぽになるまで出してしまった。もう出るものはないし、あと2キロはないんだ。無理せず前に進もう。ここでも寒さに震えることはなかったのが、救いだったと思う。意識もしっかりとしていたし、足取りも問題なかった。ただ内臓だけが苦しかった。
歩き続けていると遠くの方から石川氏の声が聞こえてくる。『あと10分〜!諦めないで〜!ラスト、ラスト〜!あと9分〜!』と続いた。
まだ視界にはゴール地点は見えない。
ゴールまで500メートルの看板が目に飛び込んできた!あと500!森を抜けて視界が開けると、右手に人影と灯りと『ラスト〜!頑張れ〜!』の声援が聞こえる。
こうなると歩いている場合ではない!走るしかない!『あと6分〜!頑張れ〜!』と石川氏。ようやくコースは右に折れて、ゴールのゲートに向かって下りだした。
まだゲートは建物に隠れて見えない。砂利道に躓きながらも最後のアスファルトへと走ってきた。左に曲がるとそこにはゴールが!たくさんの人影が見える!この真っ暗な飯綱高原にライトアップされた100キロのゴールが!




そして21時間55分23秒でゴール!
まずはアートスポーツ社長に迎えられガッチリ握手を交わす。『おまえはもう〜、相変わらずのレース内容だな!(笑)よく頑張ったな、お疲れ様!』嬉しい言葉だった。実は受付の日『お前、今回はギリギリはダメだぞ!』と釘を刺されていたのだ!それだけに社長の笑顔が最高に嬉しかった!
そしてアートスポーツスタッフや途中並走の多かった有里さんやボランティアの皆さんに完走を祝ってもらった!『すいません、お待たせしました!』有里さんは21時間24分でゴールしていたが着替えもせずに待っていてくれた。『鈴木さん来るかなと思って初めドキドキしてたけど、段々制限時間が近くなるにつれて、鈴木さんなら絶対に来る!ギリギリに来るって確信に変わりました!今回のタイムは鈴木さんにしては速くないですか?もっと演出しないと!』と言われたが、正直に『そんな余裕ないですって!今回ばかりは早く終わりたかったですよ〜!』と返した。また直後には『もう懲り懲り・・・来年はないな・・・。』と口にした。達成感で満たされていた。関門もその後6人のランナーがゴールし、制限時間が過ぎた後も走り続けている人がいた。惜しくも時間内完走はできなかったが、見事にゴールまで走り切った。

ゴール後は力石モードも顔を出さず、走り終わったスタイルでも過ごすことができた。スタッフで写真撮影を行い、解散。自分は4時半のバスで杉ノ原の宿まで向かう。有里さんも斑尾の宿に向かうのにバスで一緒に移動した。宿に着いたのはなんと5時半過ぎ!もう辺りは明るくなり始めていた。24時間戦えますか?って感じのサバイバルだ。すぐにお風呂に入り6時15分には布団に入った。まだ信越五岳は終了していない。明日はと言っても今日だが、12時から閉会式がある。そこで名前の刻まれた完走証の盾を貰って自分のレースは完結する。
目覚ましが鳴る中、起きたのは9時。
今朝はSKINSを履いて寝た。起きてきてカラダの状態といえば、ロードと同じ100キロを走った筋肉痛だけだった。特に関節周りへのダメージはなく、下りの階段だけがキツイ。朝起きたのも異常にお腹が空いていたのが理由だ。
昨夜は口にした物はいつが最後だっただろうか?12時間近くなにも食べていない状況があった。まずは食事!おかずはあまり進まなかったが、ご飯だけは茶碗で3杯頂いた。


11時に宿を出発し閉会式の会場に送迎してもらう。会場は体育館で、ドロップバックの引き渡しがあったり、レースの写真が販売されたりしていた。元々1時間での閉会式で全員に完走証を渡すというのは無理な話である。トップから表彰やコメントを頂いて、あっという間に時間が来てしまった!
石川氏からは『たいへん残念で申し訳ないのですが、時間の関係上完走証は郵送させて頂きます!ごめんなさい。』の言葉に残念でならなかった。この完走証を手にしてからようやく自分のレースは完結すると思っていたのに・・・。2週間後くらいかな?待つとしよう。
帰りは長野駅から新幹線だったので、一緒に来た有里さんとは会場でお別れ。有里さんは斑尾へ移動し、バスで帰路に着く。ここからはスタート一緒に並んだ中学の同級生で13時間台で走った羽鳥君と19時間台で走った羽鳥君のトレイルメイト真由美さんと共に長野へ向かった。
閉会式の際もなかなか食べ物にありつけなかった自分はお腹が空いていたので、90分のバス移動の後にたらふく食べた!その内容は『大阪王将』で、餃子定食大盛り(餃子12個)と担々麺という、昨日の弱った胃はどこへ行った?というほど満腹になった。
帰りの車中も皆疲れていたが、70分の大宮駅までの時間を色々と話した。いつもお店だけだとなかなか話し込めないので、楽しい時間だった。マーケティング的なことも伺い、参考になった。
羽鳥君、真由美さんと大宮駅で別れて帰宅。家に帰ると長女ピヨちゃんと次女ペコちゃんが迎えてくれた!『パパ!山走ってきたの?真っ暗だったけど、パパ頑張れ〜って応援したよ!』と話してくれた。家から見える秩父の山並みを『あの山のもっと向こうで走っているから応援してね!』とお願いしていたのだ。『真っ暗で怖くなかった?』など、とても心配してくれた。完走したんだけど、完走証がないのでゴメンね。ちゃんと頑張ってきたから!

後半にはファイントラックを用意していたが、この気温の状況からしても必要はないだろう。汗冷えは感じていない。次に長袖だ。いつも通りCW-XのX-FIT HOTを用意していたので、ここは迷わず地肌に着用。次にスタートから着ている肩バランスアップアンダーを重ねて、パタゴニアTシャツからアディダスオレンジシャツに着替えた。
最後に迷ったのはジャケットだ。用意したのはアシックスのクロスジャケット!撥水性はあるが通気性を重視したタイプなので、蒸れずに着られる。ピックアップは勿論だが、着てスタートするかどうかだ。まもなく夜を迎える。次の6Aまでエイドもないので、途中で着るのは難しいだろう。黒姫に向けて登り中心となるので、歩きになる。よし、着てスタートだ!


エイド到着のたびにニューハレの芥田さんにお会いする。ランナーのサポートに奮闘中だ。『気になるところは?』と聞かれ、腰回りに疲れがあったのでニューハレ2枚貼り!をしてもらった。かなり楽になった。
続いて補給だ。温かい食べ物があると聞いていたので、リゾットのところに行くとラスト1つだった!ラッキー!まだ関門時間までは1時間弱あるのにこれからのランナーにないのは申し訳ないな。と思いながらも美味しく頂いた。更にエイドではスペシャルドリンクを飲んでお腹は満タン!遅れて到着した有里さんとも合流し言葉を交わす。
ザックの中身は、まずハイドレーションを満タンにし、スペシャル用のプロテインとカーボショッツを詰め込む。そして後半用のオキシショットも忘れずに!カーボショッツは単品でも摂れるように余分に持った。
夜間ラン用にはヘッドライトとハンドライトを用意。サンバイザーがヘッドライトの安定に役立つ。また寒さ対策でここまで温存していたニコちゃバンダナをネックウォーマーにして装着した!これで後半の準備は完了だ!
いざ信越五岳の核心部に向かってスタート!アートスポーツスタッフに応え、後半に挑む!


まず乙見湖をあとにすると階段が続く。幾重にも続く階段はとても急だ。歩いて登り再び山の中へと入っていく。このトレイルは150メートル直線の道があると聞いていたが、フラットでとても走り易い。休憩の後ということもあり良いペースを刻むことができた。また山の中に入ってからはかなり暗くなってきていたので、時折ヘッドライトを付けて足元を照らす。甲州街道の際に使った物で、明るいと思っていたが、街灯もない山では少し不安に感じた。ハンドライトはかなり明るい物を用意していたので対応は可能だ。しかしドロップバックに用意していた交換電池を忘れてしまった!最悪の場合を考え、ハンドライトは温存することに。林道なども含めまだヘッドライトで対応できた。
かなり前後の間隔が開いてきているので真っ暗な中でのランとなっている。2007年にオレゴンで走った『HOOTTOCOAST』ではナイトランのLEG20を担当した。林道が続く10キロだったが、天気も良く月と星が綺麗だったのを思い出して、今回もわざとライトを消して走ったりもした。しかし天気は曇り・・・星空は当然見えなかった。
トレイルから林道に降りてくると70キロの表示が!
70キロ 12時間34分 2時間34分
第2関門からおよそ4キロ。5Aでの休憩は30分。まずまず走れているという感じだ。10キロ2時間30分として残り30キロで7時間30分という計算だ。これで行けばゴールに20時間前後・・・?行けるかな?
ここからの林道は4キロ弱と聞いていた。黒姫に向けての登山道入口まで砂利道が続く。この付近でお客さんのKご夫妻にお会いした。3A以降エイドで追い付かれ、第2関門で前を走っていた。ご主人が引っ張り、奥さんが付いていくスタイルで林道では自分よりも先行していた。
林道は4Aからのようにキツイ感じはなく、なだらかに登っているので走れるところもあった。そして登山道入口までは意外と早く到着することができた。この入口ではスタッフが給水をしてくれていた。アシスタントポイントではないので簡易的ではあるがありがたい。
そしてまた登りが始まった。この辺りはアートスポーツスタッフが試走をしていたポイントなのである程度のイメージはついていたが、暗闇の中では全く一致するものはなかった。
とにかく登り!足場はさほど悪くないのでコツコツと登っていく。途中Kさん達をパスし登り続ける。黒姫も山頂には登らないのでまだ安心だ。ある程度登れば下りが待っている。我慢我慢の連続になってきたが、ようやく分岐点でスタッフの明かりが見えてきた。『登りはここまでです!』との声に安堵感に包まれた。
低血糖気味になってきたので、『ちょっと休憩していきます。』と言うとスタッフさんがイスを貸してくれた。『ありがとうございます!助かります!』
後続のランナーのライトが見えてきたので、到着する前にスタートした。この先の下りは古池まで続く。確かテクニカルな岩の多い場所だったはず。下りならばと気持ちを切り替えて進む。しかしこの下りで体力の消耗を促進するなど知るよしもなかった。
ここまで雨は降っていない。気温も下がらず全く寒さを感じずに動けている。下りに入ればより汗も掻かず快適に過ごせるだろう。しかし足下がおぼつかない。ゴロゴロとした岩のため足の置き場を探しながらのランになる。木の根は滑り、コケを帯びた岩は踏み込むだけでツルツルだ。上手く足場を確保するランナーも多く、時折後ろから明るいライトが照らし出してくる。こんなに下りが続くだけで神経を尖らせ気を使うとは思わなかった。予想以上に汗を掻き、体力の消耗を感じてきた。進めるが故にカーボショッツなどを摂らずに下りてきたのも誤算か?
ようやく古池まで1キロの案内板があってなんとか気持ちに余裕ができた。やっと下りが終わる。この下りに掛かった時間はどのくらいかわからないが、前半の4Aからの林道の登りより辛かった。
ようやく到着した古池。左周りで進む。遊歩道の木板が続いている。脇には右側落水注意!の看板が・・・。この暗がりで足元を滑らせたら池の中だ!危ない場所はないが、歩いて先を急ぐ。と、注意力散漫だったのか?躓いて池と反対側に倒れ込んだ!危な~い!そこへRさんが登場!また一緒になりましたね。
古池の対岸にはランナーのライトが見える。あそこまで行くのか?あそこから来たのか?まったくわからない。とにかく進むだけだ。危ない池の脇は過ぎたが、平坦な所でもほとんどが早歩きしかできていない。早く6Aに到着したいが、80キロはまだか?70キロから途方もなく動いている気がする。
すると80キロの表示が目に入ってきた。距離的にはあと20キロ。あとは経過時間が気になるところだ。
80キロ 14時間59分 2時間25分
あと20キロという距離が安心感を感じさせる。しかしカラダはキツイ状態が続く。まもなく6Aに到着できるはず!その気持ちだけで進んでいた。しばらくするとアスファルトに出た!彼方に霞む明かりは6Aだ。(ピンぼけなだけですが)

本当にようやく・・・の言葉がピッタリで着いた6A。ここではコンソメスープが迎えてくれた。Rさんと共にイスにどっかりと座り一息つく。他に口に入れたいが、なかなか手が伸びなかった。トイレはこの先1.2キロ先になる。トイレ休憩含めて先を急ぎたいが、休みたいカラダが脚を動かさない。深くストレッチをしながら呼吸や気持ちを落ち着かせ、回復に努めた。この後のトイレまではアスファルト。走れるかはわからないが、じっとしているよりはましだ。決めたらすぐ行動!早歩きでエイドをあとにした。

アスファルトの道はいらんことに坂道だ!この誤算に気持ち的にもダメージは大きかったが、とにかく進むだけだ。なんと1.2キロが長かったことだろう。ようやくランナーが右に折れていくのが見える直線に入った。まもなくトイレだ。
ここではトイレ大を済ませる必要もあった。並んでいることもなく、無事に座ることができた。ガス欠な雰囲気もあり、集中力が低下している。用を済ませてからトイレの建物前に座りカーボショッツを摂る。この状態に陥ってくると後が厳しい。5Aまでは順調。しかし黒姫の下りからペースダウン。そして回復に至っていない。
途中の補給はどうだったか?水分中心でお腹に固形物を入れるのが少なかったようだ。また予想以上に気温が高い。雨も降らない。この気象条件が、汗をたくさん掻く状況を作り出しているようだ。今着ているジャケットをどうするか?雨がこの後降る可能性は高い。と、考えていると黄色いジャケットを着た西野君が通り過ぎようとしていた。思わず!『西野君!』『あ~!健さん!』一緒に行くべく、急いでザックを背負ってスタートした。
『時間的にギリギリですね。』と西野君。
『いやまだ大丈夫でしょ!』
『8Aが22時30分だったと思うんですよ。』
『ん?いや23時30分だよ!最後に3時間30分残したかったんだけど、関門が23時30分だったから4時間取れると確認したから間違いないよ!』
『いや、どうだったかな~?』と不安な西野君。
追い越すランナーに聞いてみた。
『8Aの関門時間は何時ですかね?』
『23時30分ですよ!』
『ありがとうございます!23時30分みたいです。良かった~!』
時間に関しては問題ない。
ギリギリで8A到着では厳しくなるので、23時には到着しておきたい。
この先のコース状況を知りたかったので、西野君に質問しながら走っていく。
『戸隠神社の参道まではどのくらい?そこまでに登りはあるの?』
『いやそんなにないですね。走れるところが続きますよ!』
よし!ならば大丈夫だ!1人よりも2人の方が自然と足取りも軽くなる。程なくして戸隠神社奥社に向かう参道に到着した。そのタイミングでいよいよ雨が降り出してきた。
参道といってもまったく街灯はない。足元は砂利道になっていて少し脚をとられるところもある。早歩きで進んでいたが、西野君が『ここからは走って行きます!』『オウ!頑張って!ありがとう!』とガッチリ握手をして送り出した。
緩やかに登っている。なかなか終わりの見えない参道を早歩きで進む。門に到着すれば再びトレイルになる。我慢我慢!と、西野君の足取りも重い。すぐに追い付くと『くるぶしと膝が痛くて』と、また一緒に歩き出した。
ようやく着いた門を左折する。この先のエイドまでの距離を尋ねるとあと3キロだと言う。はて?8Aまで3キロってことはないよな。こちらから距離を確認する際にはある程度プラスに考えないと後で痛い目に遇う。大体の距離だと思っていこう。実際7Aの鏡池のエイドが存在したので、4キロはないくらいで到着した。話に聞いていた鏡池は見る影もなく、真っ暗!当然だ。せっかくなので石碑をパチリ。
ここへ来て急に吐き気を催してきた。なんでだ?エイドの手前の暗がりに入り、何度か繰り返した。水分ばかりなのは当然なこと。5Aの物はしっかり消化していた。出し切った感じで少しフラフラになったので、とりあえずコンソメスープで喉を潤す。西野君と作戦を練り、ここで少し長めの休憩をしてからスタートしようと決めた。雨が再び強くなってきたが、森の中なので激しく打たれることはない。エイドの方々と話をし気分転換をして7Aを後にした。

第3関門予定だった7Aの距離は86キロくらいだったはず。変更になった第3関門の戸隠神社中社は90キロだ。あと4キロで関門時間には余裕がある。関門30分前の18時間を到着予定としよう。この疲労感はサロマ湖の80キロ通過に似ていると思った。落とせないペース、力石モードが少し顔を出し始めたこの感じが、いよいよレース終盤を感じさせる。
時刻は22時18分。スタートから16時間48分が経過していた。8Aの関門まであと1時間12分だ。
7Aでの休憩が功を奏し、やや登りとなる8Aまでの道のりに向けて少しだけ元気になってスタートできた。気持ちで負けてはダメだ。気を抜くと恐らくまた力石モードが顔を出す。集中集中!と言い聞かせ、カーボショッツとオキシショットを飲み込んだ。リズムをしっかり作るためにも、西野君の前に出て引っ張っていく。8Aに着いてしまえばこっちのもんだ!あとはなんとかできる!その気持ちだけは捨てなかった。
歩くしかないが、ゆっくりではなく早足で進めている。集中力を保てたことで8Aまでの道は遠くなかったが、明かりが見えてからの安心感から一気に疲れが来てしまった。
こちらの3Aは40キロ手前となる。
バケツの中には冷えたトマトがあり、温泉まんじゅうも登場だ。
次の第1関門が52キロなので、この先の補給をしっかりしなくては!ストレッチとスペシャルの補給で約20分近く休んでいた。
日比谷店西野君が到着!『やっと追い付いた~!』彼はまだまだ余裕だ。こちらは先行するが、休憩が長いのでまた後で会えるだろう。
出発するタイミングで本店の七村さんが到着!『2Aから3Aのパートで体力的にやられた!』と苦笑い。
いよいよ関川沿いの林道を走り始める。こちらでは春のウルトラクリニックに参加頂いたFさんと走る。Fさんは膝に故障があり無理はできないようだが、確実にペースを刻んでいる。アシスタントを利用しながら身軽なスタイルだ。
40キロ 6時間13分38秒 1時間37分27秒

関川沿いはほぼフラットだが微妙に登っている。しかもまたまた砂利道が続くので、足裏が痛い。しかしこのフラットで稼がねば後半のアップダウンで余裕がなくなる。ランナーを抜くことが多くなり、徐々にペースが上がる。上空には国道・高速道路が走っていて、周辺は関川の涼しげな音だけが響いている。
後方を見やるとどこがで見た特徴のある走り方の女性が?
有里さんだ!軽快な足取りで坂を登ってくる。しばらく並走が続いたが、有里さんが一旦は前へ。しかしほとんどのランナーが歩いているので、『私も休憩する!』と言って歩き出したので、『じゃあお先に行ってます!』と自分のペースを守った。前にはお客さんランナーもいて『稼げる時に稼がないとまた登りですから!』と挨拶を交わした。その先に関川を反対側に渡るランナーの姿が見えてきた。まもなく登りの始まりか?
関川の終わりに近づくと右側に公園がありトイレを済ませる人もいる。また水場もあるので補給する人もいるようだ。その先の駐車場でランナーに向かって応援している1人の男性がいた。なんとなく見たシルエットにメガネ。もしや?VAnさんだ!サロマ湖にもバイクツーリングで応援に来てくれたことがありました!後で話を聞くとその前には丹後ウルトラもバイクで応援に駆けつけていたようです!ありがとうございました!

サプライズな応援に感動した後、後方から迫る有里さんを待ってからスタート!いよいよ再び登り!途中蕎麦畑に咲く満開の花が綺麗だった。有里さんとはまたエイドで会えるので、自分のペースで歩く。ひたすらひたすら歩く登坂。下を見やれば上がってくる有里さんの姿が見え隠れする、かなりの勾配だ。

登り切ると今度はフラットな感じで走れるトレイルになる。しかし登りで頑張り過ぎたか?平坦になってもなかなか走れない。何人かに先に行ってもらいながら歩を進めた。途中には、気持ち良さそうな小川があったので、で火照ったカラダを冷やした!
すると50キロの標識が!

50キロ 7時間34分36秒 1時間20分57秒
あれ?早くないか?関川を走れたにしてもこんなに速く走ってはいないだろう?でも速かったのかな?有里さんと地図を確認し、第1関門は52キロ。あと2キロで50キロを過ぎれば登りはないことを確認し、スタートした。あと15分と思えば下りは気持ち良く走れそうだ!
と、10分もしないうちに・・・なんと木段の登りが!マジっすか!?やっぱりさっきの50キロが違っているようだ。しばらく登りが続き当然脚は進まない。登り切ればあと2キロと思うが距離表示も10キロごとなのでどのくらいか見当もつかない。ようやく下りになり走れる場所も精神的ダメージが大きく早歩きでしか進めなかった。
それでもなんとか第1関門に到着!50キロ表示から44分も掛かっていた。
ようやく到着した第1関門!スタートするランナーとすれ違い、アシスタントポイントに到着した。
ここでは笹寿司が用意されている。お腹も空いてきて、距離は半分を越えたが、時間にしてはまだまだだ。まずはハイドレーションにやかんから水を入れてもらう。そのやかんを持つボランティアの方はお客さんだった!『あれ?走ってたんですね!』と自分がいることに意外な反応。トレイルのイメージはないようで。
休憩のイスがあったので普段のウルトラでは座らないのだが、ドッシリと腰を据えた。そこへ西野君が登場!『50キロから40分掛かりましたよ~!もう!』先行していた有里さんは『先にゆっくり歩いてます!後で追い付いてください!』と長い登りが続くのでスタートしていった。
自分は西野君と話をしながら休憩し、トイレを済ませてからスタート!次の林道は5キロ弱とかなり長い。根気よく進むしかない!『じゃあお先に!』次のアシスタントポイントは66キロ過ぎの第2関門乙見湖だ。

関門を抜けるとそこは霧ヶ峰のコスモス畑だった。試走の画像ではさら地だったこの場所が見事な景色に変わっていた。しかし平らなところはない。 ゆっくり休んだものの、走って登るほど回復はしていなかった。正直走れたが、ここは体力温存と決めて、早歩きに徹した。
すぐに林道の入口を迎えこの先こんなに長く続くとは思いもしなかった。ひたすらの砂利道!普段はトラックが砂煙を上げながら走るのが似合いそうなこの林道。行けども行けども終わりは見えず、1時間15分を過ぎてもまだ登り続けていた。走っていればこんなに掛からないのだろうが、無理です!途中有里さんを1時間くらいで確保し前に出た。
ようやく分岐点にスタッフが見え、送電線に沿うように山の中に入っていくトレイルとなった。『あ~このフカフカな感じが懐かしい!』1時間30分くらい登っただろうか?長かった。後半にも黒姫に向かう林道約4キロがあるが、こんなんじゃどうにもならないな。とりあえず走れる所は走らないと!
第1関門が52キロぐらいだったから林道を終えて58キロくらいかな?60キロが待ち遠しい。そしてトレイルは下り勾配に。今までの登りはなんだったんだ!と言うくらい、徐々に山の中深く入り込んだ。行き先案内には『西野発電所』の文字が。そうか、あの『2人以上で渡ってはいけない』橋がある場所だ。川があると言うことは、1番下まで降りるってことだ!おいおい・・・その後は当然登りだし・・・。
コースは徐々に暗くなり足元には岩がコケを帯びて滑りやすくなっている。その先に60キロポイントが見えてきた。
60キロ 10時間00分56秒 2時間26分19秒
コースの6/10を走り切り、時間が10時間を回ったぐらいなことに安心した。あと40キロで11時間掛けられると。ここでトラブル発生!なんと心拍計ポラールのメモリが一杯になってしまったのだ!どうしてだ?サロマや高尾マラニックのデータは消えているはず、電池切れではない。はっと気が付いた!お店の接客の中でデモンストレーションをこれを使ってやっているから、1分もとっていないデータが貯まってしまったのだ!なんたる初歩的なミス・・・悔やんでも仕方ない。これからのラップはデジカメで撮っていこう。

60キロを過ぎてからの山の中は後ろから来るランナーはいない。これはいいペースで進めている証拠か?いや先程の林道で抜かれただけだ。しかし周りは気にしない。自分のペースを守るだけだ。所々にスタッフがいて注意を促してくれるので安心だ。
なんとかぬかるみなどもクリアし、川の音が聞こえる下へと降りてきた。陽射しの注ぐ森の外は緑が綺麗に見えた。下りは終わりだ!
西野発電所に到着。すると例の橋が・・・1人で渡ることになったので、心配はしなかったがかなり揺れる。歩きながら写真をパチリ!

さあこの後は!来ました!巨大ミミズとも言われるこの景色。
スイッチバックで登ることも聞いていたが、一体どこまで?
足場は滑り止めのネットが張ってあったので踏ん張りは効く。山の中よりは先の見える登りなので、一気に行きたいところだが、呼吸はアップアップだ。
ミミズと平行してトロッコのレールがあり、そこを横断。
上を見るとまだ先は見えないが、次の横断で10メートル先に頂上が見えてきた。
『ハァ、ハァ!』と上がる呼吸と大量の汗。『フゥ!』と息をついて辿り着いた。『お疲れさまでした。この先はトレイルに入りますよ!足元も柔らかいですからね。マイペースで頑張ってくださ~い!』『ちょっと休憩していきます!ハァ、ハァ、ハァ。』
座ることはなかったが、足を広げストレッチと水分補給で呼吸を落ち着かせる。ちょっと低血糖な感じにもなってきたので、カーボショッツを注入!ここまでカーボショッツは控えていたが、エイドではない場所での緊急には役に立つ。
とりあえず歩きながら回復を待とう。緩やかならば走れるはずだ。再び暗がりの森の中に脚を踏み入れると、久しぶりにフカフカな感触が戻ってきた。遊歩道になっていて霧ヶ峰の牧場まで続いているようだ。途中、東洋大学のランナーが追い越していった。それに刺激され走り出す。彼は5キロコースと書かれた分岐で違うコースに別れた。それ以前に姿は小さくなっていたが・・・。
左折すると視界が開けて来た。ここが本来第2関門の予定だった霧ヶ峰牧場だ。先程の東洋大学のコーチとマネージャーが給水ポイントとして準備している。また信越五岳のスタッフは通過ランナーのナンバーをチェックし報告しているようだ。
牧場に入ると足元はウッドチップに変わった。林道よりは足には優しいが、まだ走るまでの回復はしていないので歩いて牧場内を通過する。前後のランナーも歩いている人が多い。
空には分厚い雲が立ち込めているが、まだ雨の心配はなさそうだ。気温も高く寒さを感じることはない。歩きも早歩きで進んでいるので、前との間隔も詰まってきている。あと2キロぐらいで第2関門に到着するはずなので、このまま行けば11時間30分くらいで到着できそうだ。(17時:関門時間は18時)これならば予定通りだ。着替えなども含め30分くらい時間を取りたい。
ドロップバックのポイントで何をするか、頭の中で考えながら歩を進めた。後半用のスペシャルなど補給食の詰め替え、ライトや防寒具など夜間ランへの準備をする。そうこう考えていると徐々に下り勾配になってきたので、自然と気持ち良く走り出した。少し開けた広場の先にはカメラマンが!


キャンプ場にもなっているので、子供達が何かを持って『塩とマヨネーズどちらがいいですか?』と聞いてくれた。ありがたく『じゃあ塩で!』と、ホクホクのじゃがいもを頂いた。その先第2関門の乙見湖はすぐそこだ!
関門入口にはエイド・ドロップバックの矢印が別れていたので、ドロップバックに向かってしまうと、ナンバーカードからランナーを紹介しているMCの方に『ナンバー345番の姿が見えたかな・・・?』とちょっと肩透かし(苦笑)。『こっちで~す!』とアピールした。
ドロップバックを貰い、アートスポーツスタッフが迎えてくれた。『健!お前速過ぎるんじゃないのか!?』と心配された。『いや予定通りですよ!この後、時間が掛かるんで貯金です!貯金!』到着は予定通り11時間30分を経過したところ。まずは着替えだ!

朝を迎え2時50分起床。4時から朝食がスタート。会場で食べられるので、支度を整え歩いて向かおうとした。すると1台の車が出発した。会場へ向かうランナーのようだ。
中から男性ランナーが『乗っていかれますか?』
『いいですか?お願いします!』
なんと大荷物だったのを気遣って頂き、乗せて貰った。
会場までの間の会話の中で、顔は確認できなかったが
『実はアートスポーツの者なんですけど・・・』と切り出すと
『もしかして鈴木さん?』との返しが(驚)!
『そうです!』『10年くらい前に渋谷店で、東京~大阪まで走る話をして鈴木さんにCW-Xを紹介して貰ったんですよ!』
『わぁ~ホントですか?』
今は福井に転勤されたようですが、アートスポーツのお客様です!
とても嬉しい朝の出来事だった。
会場に到着すると、まずドロップバックを預ける。アートスポーツのフィンバックを利用しているが、これでは若干小さい人もいるようだ。こちらのボランティアの方もアートのお客さんだった。そしてゴール行きの荷物を預け、朝食会場へ。
朝食を会場で食べるスタイルは初めての経験。スタート90分前から食べられるのだが、宿からの移動時間もあり、4時30分くらいがピークだった。
内容は調理パン1つとおにぎり1つにバナナ1本で、牛乳・オレンジジュース・コーヒーが用意されていた。いつも朝は軽めなので、ちょうど良い量だった。
これからはトイレタイム!前半からトイレのロスはなくしたい。
準備段階から、お腹の調子を左右するポテチを絶ち万全の状態だった。(ポテトチップスをレース前に食べると必ずお腹が緩くなることが判明!)
しかし朝ご飯を食べると出る新陳代謝の良さから、済ませずにスタートする訳にはいかなかった。
時刻は4時40分。
会場の地下にあるトイレへ並ぶ。事前にチェックしていなかったので、2つあった列のどちらがトイレの数が多いのかわからなかったが、焦らず近い方に並ぶ。時間的には25分で完了した!

スタートゲートに並び始める時間は5時10分から25分まで。
540人近いランナーが徐々に集まり始めた。まずはアートスポーツスタッフでゲート前での記念撮影!その後会場まで送って頂いたIさんとも互いの健闘を誓いあった。
スタートラインでは、サロマ湖を同宿で行動した強者!有里さん!(実はフルマラソンとしては走っていないのに、ハセツネもサロマ湖も完走している)
中学時代の同級生羽鳥君はかなりのスピードランナー!
そして柴崎コウにそっくりな真由美さんは羽鳥君共にトレイルレースに参戦している。3人ともトレイル経験は自分よりもあり先輩だ。
みんながゴールできることを期待したい!1番心配なのは自分のことだが・・・
いよいよ10秒前のカウントダウンからスタートを迎える。周りはだいぶ明るくなってきた。プロデューサー石川弘樹氏の鳴らす号砲と共にレースがスタートした!制限時間22時間100kmに及ぶトレイルレースの幕開けだ。

天気は曇り、雨がパラパラと降りだしていたが本降りの感じではない。天気予報では夕方辺りからが微妙な天気だ。斑尾高原スキー場をスタートし、グルッと周り、ゲレンデの上まで登っていく。
まずはアスファルトの登りだがすぐにトレイルに入り込む。ゲレンデ内を進むところもありかなりの急勾配だが、妙なハイテンションで全く苦しくなく、楽しみながら走ることができる。
時折林の中に入ると、暗がりのフカフカのトレイルが顔を覗かせる。これは今までに経験したことのない気持ちの良いトレイルだ。
500名のランナーにも関わらず、側には知り合いのランナーが多い。6月の西湖トレイルイベントに参加頂いた方が今回も来ていた。またアートスポーツからはプライベート参加も含めて6名参加しているので、途中での遭遇も楽しみだ。
段々と夜が明けスタートから30分、雲がなければ素晴らしい朝日が見られたのかと思うと残念だ。雨はすぐに上がり、足元のぬかるみなどもなく順調な滑り出しだ。
本当に気持ちの良いトレイルを走り時間を感じさせないところだ。スタートから約1時間で斑尾豊田スキー場を通過し、10キロの標識をパスする。
10キロ 1時間07分49秒
事前にコースマップを念入りにチェックしていたので、大体のコース全体図が浮かんでくる。また事前講習会で、林道の場所もチェックできていたので、シングル・ダブルトラックは走れると思っていた。
斑尾周辺は走れる!これはまさに走れてしまうコースだ。
後半を考えると前半に貯金が欲しかったのもあり、気持ちの進むまま走り続けた。
斑尾山に向けての林道に入り、徐々に高度が上がっていく。
ここで試走にも来た元アートスタッフからあと10分くらいで1Aだと言うことと、絶景ポイントがあると聞き、楽しみにしていた!
まさに絶景!自分の脚で上がってきた分だけ余計に快感だ!しかしまだ斑尾直下ではない。この先にピークがまっているのだ。まずは1Aを目指した。

1A到着時間は2時間12分。
ここは簡易的な内容と聞いていたので期待はしていなかったが、バナナとパワーバーはなくなっていた。まだ人数がバラけていないので給水も間に合わない様子だった。
さあここからが前半のピーク!
斑尾山だ!
急激なハイキングコースへとランナーの列ができている。
走ることは当然できない。
歩幅は小さくピッチを上げて登るように意識する。
しばらくはスイッチバックで登るが、徐々に岩肌が顔を出す。
そしてこの斑尾で1番ガレていると感じた大きな岩の先にカメラマンがいた!『良い笑顔ですね!』『いやいや思わず苦笑いですよ!』バックには野尻湖が広がり、最高のポイントの様だ。
斑尾山頂はこの先。景色の良いポイントでしばしひと休み。山頂は見晴らしは良くなく、写真撮影だけしてパスした。さあここから2Aまでは下り坂だ!
下りは走りやすく土の路面が続く。ふと開けた視界の先にはゲレンデ?と思われる下りが見える。まずは富士山の下りの須走のようにクネクネしながら急な斜面を降りていく。これは走らざるを得ない。膝などへの負担は少なく、気持ちの良い下りだ。見上げればランナーのカラフルなシャツが緑に栄えている!
さらに下るとそこはまさにスキー場!スキーの苦手な自分が冬に来たら、まさに直滑降!だろうと思われるようなゲレンデを走る。走るというか止まれない!跳ねるように加速していく。芝の上なのだが土はデコボコしていて、危うく脚を取られてしまうこともある。スキー場だけに段々になっているので、平坦が続いた後はまた急斜面が広がる。地図で見ていた下り勾配はこれか!という感じだ。と言うことは間もなく2Aに到着だ。
緩やかなカーブの先に2Aが見えてきた。そこにはランナーを迎える石川氏の姿が!心配りがさすがでこの先のコースを案内してくれて、『とにかく走れるので飛ばし過ぎないで!』とアドバイス頂いた。いつもの爽やかな笑顔だけでなく厳しい眼差しも伺えた。


2Aは距離にして23.9キロ付近。この地点ではじゃがいもが登場!ホクホクのじゃがいもに塩をかけて食べる。旨い!ここでもスペシャルドリンクをシェイクして摂る。トイレも済ませ、ゆっくりしていると有里さんも到着し、先行されてしまった。
普段のウルトラならばリズム優先だが、今回ばかりは回復優先!
長丁場20時間を想定したとしても体力の温存が大切だ。2Aの出発は有里さんを追いかける形でスタートした。
この先は袴岳までが登りとなり、距離にして30キロと認識していた。袴岳を過ぎると10キロ以上の下りが続くので、まずは無難にクリアするつもりで走りだした。
2A以降も走れる気持ちの良いトレイルが続く。単調でもなく景色の変化もあるので、本当に飽きない。思わずカメラを手にする機会も増えてしまう。有里さんに追い付いた際には後ろから動画で捕獲!なかなか自分の姿を見られないので、どんな走りをしているのかを見て欲しいと言うランナー&カメラマン魂が燃え上がった!30秒足らずの動画だが喜んでくれるはずだ。
トレイルからアスファルトに出て袴岳の登山道に差し掛かると再び登りとなるが、厳しい登りではなく心地良い登りなので、一杯一杯にならずに登りきることができた。30キロは袴岳頂上手前にあった。
30キロ 4時間36分11秒 1時間53分23秒
登り切ってからの下りもフカフカのトレイルで、イメージとしてはカブトムシを飼う時の腐葉土と言った感じ。しかしこのフカフカトレイルはすぐに終わり、下った先に林道が始まる。この地点で簡易トイレがあったので、小を済ませる。ここまでトイレは2回。
この先は3Aとなる妙高高原駅近くまでひたすら下り坂だ。相当走れると思いきや、自分には林道の砂利が非常に走りにくく痛かった。本当に気持ちの良い木々に囲まれたまっすぐの道や、小川のせせらぎが聞こえてくるトレイルなのだが、足元だけは土を選んでセンター部分を走ることが多くなってきた。前半の斑尾パートがいかに走りやすいトレイルだと言うのが実感できた。

下りなのに気を使う。この集中力を切らすことのできない状態がジワジワと疲労となって溜まってくるのがわかる。いつまでこの林道が続くのか?少しずつ距離や時間の経過を気にしだしてしまう自分がいた。『早く終わってくれよ!もしくはまた柔らかい土を走りたい!』
ようやく林道の終わりが見えてきた。ということはまもなく3Aだ。思ったよりも早く林道を抜けることができたので、安堵感で満たされた。そしてアスファルトに出る。視線の先にはJRの線路も見えてきた。3Aはどこだろう?トレイルの出口を振り返るとウルトラでいつもご一緒するKさんご夫妻が見えてきた。大会前奥武蔵での練習の帰りにも立ち寄って頂き、また本店の事前説明会にも参加して頂いていた。下りで差が縮まったようだ。少しアスファルトで休憩をしながら歩き、JRをくぐる。そしてもうすぐ3Aに到着だ。ここで元スタッフの須藤君がアシスタントポイントを出発するタイミングだった。互いにエールを送る。

いよいよ“信越五岳トレイルランニングレース100km 2009”が迫って来た。会場となる斑尾周辺へは関越などを使い車で行くルートと大宮駅から長野新幹線で向かい、シャトルバスを使うルートがあった。もともと車にしようと思ったが、帰り道のストレスを考え新幹線に変更した。


新幹線に乗るとサロマ湖をご一緒した有里さんが1列違いで座っていたので、道中レースの話で盛り上がった。長野駅からは善光寺の観光をしようと決めていたので、バスで移動。
のんびり観光している時間はなく、善光寺の中を廻ることができなかった。とりあえず写真だけ撮ってシャトルバスの乗り口へ向かった。
この送迎バスは事前申し込みだったが、出発の朝電話したところ『多分大丈夫だと思いますが、もしかしたら自力で行っていただくことも・・・』なんて言われたもんだから、焦っていた!結局は全く大丈夫で乗ることができた。
バスの中はサロマ湖クリニックに参加頂いた方と一緒になった。有里さんとも知り合いの2人の女性は今回ボランティアとして参加!連休の最中、わざわざありがとうございます!


90分近いバス移動でようやく斑尾スキー場に到着!前日受付をする前に、アートスポーツブースに顔を出した。また応援メッセージを書いて明日へのテンションを上げる!知り合いのランナーにもたくさん会うことができて楽しかった。そのまま前夜祭へ!サロマ湖などと同様に乾杯直後は、食べ物争奪戦!ご飯パスタを中心に満腹になった。
18時30分を目処に宿舎へシャトルバスで向かった。まずスタート時のウエアを用意し、ドロップバックをチェックして仕分けした。宿でサプリメントなどの準備は大変だとわかっているので、出発前に済ませておいた。明日の朝ハイドレーションだけ用意すればOKだ。風呂を済ませ、お決まりのクリオでマッサージ&SKINSで明日への疲労を抑えた。
21時には布団に入り、翌朝は2時50分に目覚ましを掛けた。朝食は4時にスタート地点で食べる形になる。宿からの移動と食べてからのトイレの時間を考慮した。気になるのは天気。午前中はなんとか大丈夫だが、午後から雨の予報だ。新潟県側の確率が高かったが、移動距離が長いのであまり心配はしていなかった。
今回もアート鈴木スタイルを記しておこう!
足元はモントレイルトレランシューズWILDWOOD、ソックスはシルク5本指にタビオ。コアバランスインナーをベースにCW-Xプロモデルロングに今回は転倒や座ることが予想されるので、アート鈴木オリジナルコンバーチブルパンツをハーフにして使用!足元は後半のドロップバックへ!トップは肩バランスアップアンダーにパタゴニアTシャツを重ねた。腕にはアシックスのアームウォーマーを使い、温度調整を図る。そして頭には毎度お馴染みニコちゃんバンダナではなく、ナイキサンバイザーをセレクト!これはイメチェン!?もあり、サングラスや後半からのヘッドライトの安定に役立つのだ。
後半のスタイルは第2関門通過時に掲載しよう。
ザックはCW-XのRUN6リットルの小型にウエスト部分に小物入れを2つ付け足した。さらに携帯ポーチとデジカメケースを装着。ハイドレーションはキャメルバックの3リットルを使用した。その他にはスペシャルドリンク用のシェイカーとプロテインとカーボショッツ5本ずつを用意した。そしてオキシショットとベスパオーガニックを4つ入れた。ウエアとしてはモンベルULウィンドジャケットをスタート前だけ羽織っていた。(実際のスタート時は着用せず)
2009サロマ湖100キロウルトラマラソン完走記~第2章~
大野さん達には『6時間35分には出発しましょう!』到着するとボランティアの学生がスタートで預けていた荷物を渡してくれた。今回は時間がない。補給テントを覗き込み、おにぎりもあったが今回はドリンクだけ貰った。仁野君を引っ張り、コースに近い場所に陣取る。へたり込む仁野君。
『時間ないよ!5分だよ!5分!早く着替えて、補給しないと!』すでにグッタリの仁野君。このまま置いていかなくてはならないのか?
自分は上半身裸になり、XFITHOTの長袖を着用し、肩バランスシャツを重ねた。そして再び2XUのシャツも着る。側に居た仁野君は何をしていたのだろうか?時間だけが過ぎていく。ここを6時間40分の出発でも構わないのだが、後が辛くなる。歩いてでもいいので先を急ごう。
時計が6時間35分を経過していたので、荷物を預けスタートの準備をした。大野さん達には手を挙げ合図を送る。この坂が一番急な勾配だ!『歩いていくぞ!』キツイ登りだが、トイレ休憩を取っていないので、登り切った先の簡易トイレを目指す。仁野君とはトイレで合流予定だ。
55キロ 6時間41分52秒 47分19秒
この5キロは50キロ過ぎからの登り。痙攣のストレッチとペースダウンで41分の走りと言うことだ。グランディアでの休憩は6分弱だった。この先58キロまでのアップダウンを乗り切れば、キロ8分は確保できそうだ。痙攣に関しては走り方で十分にカバーできている。このペースならばまた出ることはないだろう。
トイレに立ち寄り小を済ませる。出てくると仁野君が歩いて来た。『さあ行こう!』『休めると思って到着したエイドで休めないのが、しんどいっす。』『ギリギリのペースで行ってるぞ!追い付いて来いよ!』『は縲怩「』力ない声が返ってきた。これ以上は無理かな?
仁野君について走って共倒れは避けたい。しかし仁野君を完走させるのも、アートスポーツスタッフとしても、サロマンブルーとしても、これは使命だ!ギリギリのペースで行こう。背中が少しでも見えるように。
次の関門は60キロで、7時間20分か30分か、よく覚えていない。当初60キロを7時間でクリアしていれば、80キロまでの20キロに3時間使えると思っていたが、その計画は無理だ。キロ8分計算ならば10キロ80分で2時間40分で刻めば良い。と言うことは60キロは7時間20分で通過すれば予定通りだ。
そんなことを考えながら走るものの、なかなかペースは上がらない。歩きと走りの繰り返しだ。56キロは10分くらい掛かっていた。このままではいけないが、脚は続かない。
まだ緩やかな登りと下りの繰り返しだ。58キロから2キロは下りと平坦なので、そこで稼げるはず。その分ここは最低のロスでカバーしたい。少しずつ走りを増やしリズムを作ろう。
後方を見ても仁野君は見えなかった。コースの蛇行もあるが、気になる。途中被り水の所でも休み、クエン酸フリーダムを摂る。この先は『ながら走法』がロスをなくせるので、携帯しているカーボショッツとオキシショット中心で行こう。63キロにはスペシャルドリンクもあるので、あと5キロの辛抱だ。
なんとか58キロをキロ8分よりも2分遅れ(3キロ26分)で通過。これからは挽回できる。60キロは7時間20分でクリアできそうだ。下り坂の向こうにまたサロマ湖が顔を出した。
足の状態は?リズムは?違和感はないか?自問自答する。まだまだ行ける!自分に余裕が出てきたので、後ろの仁野君と大野さんが気になってきた。
60キロの関門が見えてきた。関門ギリギリの雰囲気はない。
60キロ 7時間20分20秒 38分28秒
この5キロでかなり持ち直した。58キロからはかなり早いペースになっていたようだ。それは関門時間をしっかり把握していなかったからだ。7時間20分だったかも?と思ったりしてペースを上げていた。
正確な関門時間は表示がなかったが、70キロは8時間45分だ。と言うことは7時間30分くらいなんだなと理解した。しかし仁野君はもちろん大野さん達も来ない。関門に掛からなければいいけど・・・後方を見やり黄緑と赤いシャツを探すが見つからなかった。
ここでは3分くらいストレッチをしながら待っていた。58キロから走れていたので、あとちょっと待とう、あとちょっと待とう、を繰り返したが、自分のこともありスタートすることにした。(実際大野さん達は、55キロのトイレタイムで前に出たようだ)

60キロを過ぎると緩やかな登りが始まる。1キロくらいなのだが、異様に長く感じた。坂を登り切り、キムアネップ岬に向かって左折する。また湖畔まで緩やかな下り坂になる。途中被り水をタイツに掛け、オーバーヒートを防ぐ。
63キロにはスペシャルドリンクを預けたエイドがある。そしてこの先は75キロ過ぎまでまったくの平坦だ!脚力が問われる後半戦だ。80キロの10時間に合わせての計算しまくりの時間帯!この計算で集中力を高めてカラダを運ぶ。まず乗り切る為の補給は、ホエイプロテイン&カーボショッツワイルドビーンのスペシャルドリンクだ!
しかし見通しがきくキムアネップは長く感じられる。見えるのになかなか着かない。やっとの思いで到着したエイドでは、学生がにこやかにスペシャルを差し出してくれた!『ありがとう!』すぐにシェイクを済ませ、飲みながら歩いていく。
ここから『魔女の森』に突入!いつもならば涼しくて気持ちの良い場所だが、今日の天候だとさほど変わりはない。まずは魔女の森を抜けた65キロでのラップを休憩込みで40分を切りたい!再び頭の中で計算を始める。
63キロで7時間48分くらいだったと思う。65キロを8時間で通過すれば70キロの関門まで45分ある。70キロは8時間40分以内にはクリアしたいが、どうだろう?

魔女の森からは一緒に来ている直江さんやお客さんと走る。しばらく進んだ先に一緒に悠林館に泊まっている有里さんに似た人がいたけど、歩いてうつむき加減だったので確かめられず、声を掛けなかった。すると!『あっ!鈴木さん!』の声。あわせて『ってことはギリギリですか?』的な表情に。
『走れますか?』『大丈夫です!』昨夜の自己紹介でも走るのはあまり得意ではないと話していたが、聞けばハセツネもしっかり完走しているフィットネス&トレイル派らしい。それを聞いて心配はしていなかったのだが。
65キロ 7時間59分45秒 39分24秒
65キロまで並走し、ここで改めて直江さんと有里さんにタイムの計画を説明。
『これから先、たくさんエイドが出てきますが、すべて寄っていたら間に合わないので、気をつけてください。今のペースが7分半くらいです。このペースで走って30秒貯金の計画でいきます!私設エイドが2つ続きますが、手前だけに寄って次は斉藤商店まで行きます。そこで時間を取った方がいいので!』
それを聞いて有里さんは『じゃあ先行きます!』と、スッと前に出た!『無理して上げなくていいですからね!』キロ7分で走っていった。素晴らしい脚力だ!
1つ目の私設エイドは大漁旗が掲げられている家の前に出してくれている。冷たい水でカラダを潤しバンダナも濡らした。滞在は30秒。再び走り出す。次は国道にぶつかる手前にある私設エイド。ここは誘惑に負けそうなので離れて走りパス。
佐呂間大橋を渡り、側道に入ると67.5キロの被り水があるが、先に黄色い建物の斉藤商店が見えてくるので、そこまで止まらずに走った。

この斉藤商店では冷たいおしぼり、凍らせたゼリー、冷たいお茶と至れり尽くせり!タイツを濡らし、首を冷やし、次の70キロを目指す。斉藤商店でまた有里さんも合流。しかし並走はせず自分のペースで行ってもらう。自分はペースをこれ以上は上げられないので、あくまでも80キロを見据えた走り方しかできない。
斉藤商店を出てからも少しの歩きが入る。7分半でも無理しているのが良く分かる。これは練習量の差だとつくづく感じる。平坦なので、あの電信柱から!をリズムに走り出す。走ればリズムを作るのに時間は掛からない。たまに歩きを入れ、また走り、走る時間を長くする。
70キロのエイドは70地点よりもかなり手前にある。約1キロ手前だ。ここでは水を取り、クエン酸フリーダムを摂取!69キロ通過時点で目標の70キロ8時間40分は見えてきた。
ここで驚きの出来事が!
なんと仁野君が追い付いてきた!
さらに『絶好調です!』と自分を追い抜きドンドン前へ進んでいく。前を走る直江さんや有里さんも交わし、一足早く70キロに到着した。そのペースはキロ6分くらいに感じた。しばらくしてこちらも70キロ到着。
70キロ 8時間39分18秒 39分33秒
63キロ以降の走りは計画通りだ。40分を切る為に7分半で走り、休み時間を貯金する。
80キロまでの10キロにこれで1分の貯金ができた。
たかが1分、されど1分!アート鈴木にはこの1分がいかに大切か!この気持ちの余裕が救いだ。
70キロで国道238号線に別れを告げ、サロマ湖畔沿いを走る。これからはひたすら直線道路。74キロ手前にある鶴雅リゾートが小さく見える。この間エイドは被り水のみ。天気予報とは異なり晴れ間も覗いて来たので、寒くなることはなさそうだ。
関門を過ぎてからもやはり歩き走りの繰り返し。継続しては1キロも走れていないだろう。あとから心拍計のデータで明らかになった。黄緑色はケイデンス(ピッチ)。グラフが下がっているのは歩いている状態。明らかに70キロ以降歩きが増えている。

この付近ではクリニックに参加して頂いた方が前後にいた。お互いに辛いながらも抜きつ抜かれつゴールに向かい走る。自分の前後を走る方に聞けば、いつもギリギリなのは実力通りとわかってもらえるだろう。
前方の空を見上げると、なにやらパラグライダーが飛んでいる!この直線道路を上空から狙っているようだ。天候も回復し、ワッカなどの風景が映し出されると思うと興奮した!あとから聞いた話では東京からわざわざ来てもらっているそうだ。
72キロ過ぎの被り水ポイントには飲める水もあり、カーボショッツを流し込んだ。それからだんだんと大きく見え始めた鶴雅リゾートを出発する時間を計算し始めた。
鶴雅リゾートは74キロ手前。80キロまでは7キロあると思って計算しよう。
キロ8分ならば56分掛かるので、9時間04分で出発しなければならない。
到着時間とほぼ変わらない・・・これは困った。
しかしこの時間、鶴雅リゾートにはおしるこは残っていない。そうめんもこの人数からしたら足りてないだろう。今のところトイレに行く余裕もないので、ここは75キロの表示まで我慢して、ペース確保を重視しよう。
その為にウエストポーチを持っているのだから!『ながら補給』で時間の節約をする作戦とした。
パラグライダーが旋回して、今度は後ろから追い越していった。視界が開け、鶴雅リゾートが迫ってきた。
ここから80キロまでが勝負だ!
鶴雅到着はやはり9時間05分。
水分補給とバナナを貰い、歩きながら食べる。そしてカーボショッツとオキシショットも忘れない。
仁野君の姿も見えるが、こちらの位置を探るように、後ろを振り返っている。
『前に行け!』とジェスチャーで伝えると、また走り出すが先程の勢いはない。その差は数メートルへと縮まって来た。
75キロ付近はサイクリングロードにもなっていて整備されている。
ちょうど視界が開けた左側にワッカを走るランナーが米粒のように見える。『あそこまで走るのか!』初めてのランナーはそう思ってしまうだろう。サブ10ランナーが右に向かって走り、80キロを越えたランナーが左に向かっている。あの地点まであと6キロもある。その前に80キロを突破できるのか?不安な気持ちが芽生えてくる。
75キロ 9時間19分17秒 39分58秒
余裕ないなあ・・・素直な気持ちだった。鶴雅の補給を含めて辛うじて40分を切れた。これから少しだけ登りが出てくる。78キロからは平坦なので、この3キロが正念場だ。
しかし脚に少し違和感が出てきた。右足の内くるぶしが痛い。次の被り水で冷やそう。
少し前を仁野君が走る。なかなか差が広がらないことに不安になっている様子。77.5キロの被り水の手前の坂で、ようやく追い付いた。
ここでは被り水にあった氷のかけらをソックスに挟んで走り出す。痛みが出ると自分は必ず冷やして回復を図る。筋肉も関節も同じ動きで負担が掛かっているのでオーバーヒートを防ぐ為だ。いつもは溶けるまで入れっぱなし。それに因って痛みは消えてくれた。
この先は平坦になる。80キロの関門を突破する為の作戦を仁野君に伝える。
『80キロのエイドが関門の手前にある。関門までは600メートルあって登坂だから、エイドでは飲み物だけ飲んで、食べ物を持って行くんだよ!止まって食べていたら間に合わないから、必ず前に進めよ!』
このアドバイスは的確だとは思ったが、まだまだ伝えきれなかったことが多かった・・・。
とりあえず脚が元気なうちに進みたい仁野君は、自分の先に出て貯金を作ることに専念した。
自分はと言うとカラダはキロ8分では動いているので、平坦になってからペースを上げた。
そして、このままの自分のペースでギリギリなのはわかっていたので、歩いてしまっているランナーに声を掛けながら走った。
『まだ走れば関門間に合いますよ!この平坦頑張りましょう!エイドの先は登りなので、エイドまで行きますよ!』背中から歩いているランナーに向けての後押しだ!反応して走り出せる人。『もう諦めるよ。』と返す人。そんな人には『まだまだ!諦めちゃダメですよ!ガンバです!』と声を掛ける。
数人のランナーが後を着いてきてくれる。
『間に合いますか?』『とりあえず走れれば80キロはなんとかなります!エイドでは水を飲んで食べ物を持って進んでください!坂道は歩きながらでも大丈夫ですから!』
ワッカの入り口に向けて曲がろうとした時、後ろから『健司さ縲怩I』の声!
『あの声は・・・まさか!安田さん?』
きつい顔になりながらも確実に走っている!魂の走りだ!
安田さんは昨年54キロで1時間近く休み過ぎてしまい、辛くも80キロを突破したのだ!
今年は脚の状態から前半自重していたようで、正直関門に引っ掛かってしまったと思っていた。あの走りならば問題ないだろう。
自分は3回目のスペシャルドリンクポイントだ。毎年時間のない自分はスペシャルのボトルを受け取り、シェイカーに水だけを入れて中身のプロテインとカーボショッツを持っていく。飲むのは関門を越えてからだ!まずは関門突破が最優先だ!
エイド到着地点に『関門まで500メートル』の看板。600メートルと想定していたので、余裕ができる。
安田さんに『行きます!』と合図をし、いよいよワッカの入口に突入した!
まずは急な登坂。降りてくるランナーはサブ10を逃してしまったが、確実に速いランナーだ。知り合いのランナーを見つけては声を掛け、走っていく。中には『またギリギリだね!』『間に合うぞ!諦めるな!』の声援も。そうは言ってもこの登りは走れる坂ではない。緩やかになるまで呼吸を整え、時間を確認し前へ進んでいく。
見慣れた風景を抜け、まもなく80キロの関門が近づいてくる。時間は問題ない、関門が見えて来たらゆっくり歩き出す。
すると『健さん、ガンバです!!1分前ですよ!』と仁野君の声が聞こえた。『わかってるって!仁野縲怐Iずいぶん余裕だなあ。』

80キロ 9時間58分53秒 39分36秒

関門を突破し安田さんも追い付いて来た。
『ここを突破すれば!さあここから!!歩いて行きましょう!!』『よっしゃ縲怐Iいくぞ!』と意気込む安田さんと対称的なのが仁野君・・・。
『もういっぱいいっぱいです・・・。』
こちらはスペシャルドリンクの調合をして、歩きながら飲み始めた。仁野君は何も持っていない。
聞くと、エイドで食べ物を食べて飲み物を持って坂道を走ったら全く手元に残らなかったと言う。
『そりゃそうだ!反対だってば!』仕方ないのでスペシャルドリンクとオキシショットを摂らせて歩き続ける。
歩いているだけなのにどんどんと広がる距離。まだワッカ原生花園まで辿り着いていない。
ここまでペースを上げて痛みを忘れさせていた分、ダメージが来てしまったのだろう。
後で聞いた話だが、80キロの関門には5分前に到着していたらしい。しかし、自分のことが心配だと関門で待っていたのだ!
なんてことだ!自分の心配をしていたなんて・・・。
『80キロを通過したら歩いてでも先に行って自分に追い付かれるな!』と、そこまでアドバイスをすべきだったと後悔した。
共倒れはできない。『行ける所まで行けよ!頑張れ!!』と残し、前を急いだ。
しかしその後、なかなか走り出すことができないでいた。やっとワッカ原生花園の入口と言えるサイクリングロードの分岐点に到着。

今年もここにやって来た。14回目ワッカ。今年はどんなコースになるのか?空は朝と打って変わって明るい陽射しが出て来ている。また風もさほど強く感じない。絶好のコンディションのようだ。
この辺りから走って行かないと90キロの関門に間に合わなくなってしまう。
キロ表示は1キロごと。81キロで確認すると10時間14分を経過している・・・。
ここはキロ9分が条件だ。5分の借金を、残り9キロでカバーしなくてはならない。先程の入口からはやや下り坂に入り、走れる場所が出てくる。しっかりと歩いた分、走れる余裕は出て来ている。
走りながら帰ってくるランナーに『ガンバです!ラストです!』のエールを送る。応えてくれる人は笑顔で『ガンバ!』と返してくれる。毎年そうだが、このエールは自分に対しての叱咤激励だ!歩いているランナーが、しかも関門ギリギリだったランナーが、10時間台でゴールしようと言うランナーにエールを送れるはずがない。なので、自分もしっかり走って声を掛ける!自らのリズムを取り戻す為でもあり、皆で目指すゴールだからこそ応援したくなる。

歩いたり走ったりを繰り返しながらリズムを取り戻す。82キロでは借金は返せず、10時間23分。走っているので落ちてはいない。残り8キロで5分。まずは85キロまでに2分は返そう。8分30秒で走れば90秒返せるので、プラスαと言う計算だ。
エールを送ると自然とペースも上がる。そのままの勢いで行きたい。この余裕がない状況では、ウエストポーチの補給食がまたまた活躍する。
エイドは往復のコースなので、ワッカ内で3カ所ある。3キロごとくらいにある計算だ。
しかしエイドでは水分補給のみに留めた。それは長居をしてしまうからだ。
80キロで受取ったスペシャルのボトルをしっかりと左手に持ち、次のエイドまでの水を入れて貰う。水なので、脚に掛けたりすることもでき、飲むことも可能だ。エネルギーをポーチの中身で補い、キロ8分を目指す。
85キロ 10時間48分17秒 49分24秒
このラップだけ見るととんでもなく遅いが、問題は通過時間だ。90キロまであと5キロに対して約42分。キロ8分で走って2分前だ。まだまだ十分な時間だ。
この時間帯一緒に走っていたのは、グランドブルーメンバーでナンバーカード10番の半田さんだ。
半田さんは太平サブロ竏窒ウんと一緒に走っていて35キロ辺りまで一緒だったようだが、ペースが遅いこともあり、関門ギリギリで進んで来たようだ。座骨神経痛も出てしまい痛み止めを飲み続けながらなんとか80キロをパスしたと言う。
もちろん普段はこんな所にいる方ではない。自分に『キロ8分ってこんなに辛いのね、このままで間に合うかしら?』と問いかけられたので『微妙ですけど、大丈夫です!絶対行けます!』
2人での並走は自然とペースアップしながら、まずは折り返して戻ってくると90キロ関門となる87キロを目指した。
ランナーにエールを送り、笑顔で応え、力にする。知り合いのランナーもたくさんいて写真を撮りたかったが、今年はそんな余裕がなかった。初参加の方々もかなり頑張っている。

目標としていた87キロ。そこを24分残して通過しておけば、関門突破は見える。まずは90キロ関門よりもゴール寄りにある。エイドに到着した。
ここからの3キロちょっとは先の景色を見ずに距離だけでイメージして走る。
1.5キロ行けば折り返しだ。折り返せば、我慢してあと1.5キロ。残り3キロでの時間をチェックし忘れてしまった。集中していたからか?集中していなかったのか?
半田さんに『87キロで11時間だからあと30分ある。大丈夫よね?』と言われ、我に返った・・・。
『えっ、そんなに余裕あります?』
言葉には出さなかったが、時計に目をやるも頭が働かなかった。かなり集中した走りができていたと思う。『キロ10分で大丈夫なの・・・?』と思った瞬間に、どっとカラダに疲れが出てきた。呼吸も荒く、姿勢も崩れてきている気がする。
折り返してくるランナーからは『ギリギリだぞ!諦めるな!!』の声が聞こえるようになった。見た目から辛そうな状況になって来ているのだろう。少し歩きも入りながら呼吸を整え、距離を縮めていく。

ようやく見えたサロマ湖の第2河口に架かる橋。ここを渡れば折り返しはすぐだ。ようやく90キロに向けて前進となる。
橋を渡り切り、さあここから!!と思った瞬間にやって来たのは『左ふくらはぎ痙攣』だった・・・。
『うぉ縲怐I』っと思わず声を出し、コースの左側に寄って立ち止まった。
痛みが出たのは50キロ過ぎの場所と同じ部分。エイドまでは1.5キロとまだまだ距離はある。
ポーチからカーボショッツを摂りオキシショットで流し込む。さらにスポーツミネラルを口に含む。歩きながら様子を見て行く。持っていたボトルから水を掛け、冷やす。
再び走れる状態に戻り、集中する。脚の運びに注意して関門を目指した。
そして長かった80キロから90キロの10キロがようやく終了する。
90キロ 11時間29分02秒 40分45秒
今年もギリギリだが、90キロを突破した。
この10キロはこの前の10キロの失敗を生かして前へ進もう!
出足の1キロは重要だ。
先程のように脚が痙攣しては、後々借金を返すのは困難だ。できるだけ借金を作らないようにいかなくてはならない。
関門を抜け安堵感に包まれ、エイドまでは歩いて進んだ。こればかりは仕方がない。次を走るための積極的休養だ。そして決して座り込んだりはしない。ドリンクを取り前に向かって歩いていく。
そしてトイレ・・・65キロ付近から行きたい気持ちはあったが、行っている余裕がない。我慢できる程度なので、汗で出てくれればとあまり気にしないようにした。
エイドを後にし、走ったり歩いたりの繰り返しでようやく辿り着いた91キロは借金が3分の11時間42分だった。
よし!3分ならば、キロ8分30秒で走って30秒ずつ返していけば問題ないタイムだ。
95キロを通過する際に45分残しておくことができれば、全く問題はないのだ。
しかし、1キロごとの計測で見ても3分の借金は縮まることがない。キロ9分で走ることが精一杯のようだ。
登り坂を歩き、平坦と下りは走る。この作戦でなんとか乗り切っているが、走ることが継続できていないのが理由のようだ。それでもワッカの写真を撮るのは忘れない。これは歩きのタイミングに併せてカメラを取り出し記録する。あとから思い出す必要なツールなのだ。

そしてとても大好きな景色でもある『オホーツク海』。雄大な海と空とワッカ原生花園を走るランナーの姿がいつ見ても何とも感動する。
すると、前から黄緑色のシャツが・・・仁野君だ!!
収容車が何回か通り過ぎたのと、折り返すランナーは全くいなかったので、収容されてしまったと思った仁野君が歩いている。
『健さ縲怩I』『自分の意志で止めるなよ!頑張れよ!!』
当然、90キロの関門時間は過ぎている。収容されておかしくない時間だった。
ワッカで自分の力で前に進んだことは仁野君の中で大きな自信になっただろう。
結局86キロでリタイアとなったが、たくさんのお客様に応援され、歩くしかなかった自分が悔しかったようだ。
来年また一緒に行きたいと言って貰えると嬉しい。
ワッカの出口は96キロ地点。
カウントダウンの始まるその地点は大きく登る坂の途中にある。そこまではアップダウンの繰り返しだが、比較的下り勾配だ。
ワッカネイチャーセンターへ向かう道を過ぎ、いよいよワッカも終盤戦を向かえる。
サロマ湖を挟み、反対側には75キロ地点が見えてきた。あそこからワッカ入口まで5キロ。ここからはそこまで長くない。
3キロ進めば、とりあえず95キロのエイドに到着する。少しでも貯金を作らなくては!

95キロが遠くに見えてきた。そして時間を確認するが、すでに12時間15分を経過していた・・・。
95キロ 12時間18分05秒 39分03秒
残りキロ9分と言う貯金はできなかった。しかし12時間20分を切っているタイムなのでまだ安心だ。
95キロのエイドでは水だけを摂り再び走り始める。トイレが95キロの看板の脇にあったが、寄っている暇はなかった。
とりあえず、あの坂の手前まで走ろう!ラスト4キロの看板が小さく見える。
あの青い看板の麓まで頑張れば、あの20メートルの急坂は歩いてもいいんだ。
それでも走り続けることはできない。ランナーを交わすことはできてもすぐに抜かれてしまう。
それでも脚が止まっている訳ではないので、諦める気持ちは当然ない。
なんとか96キロの手前に到着。そしてワッカともお別れだ。今年は振り返る余裕もなかった。ひたすら前を目指して歩き続けた。
この先ギリギリで約3時間前に越えた80キロの関門があり、ラスト3キロ。
たった3時間の中に色々なことがあったなあ。なかなか返せなかった借金・・・半田さんと並走した快調な時間帯と反動の痙攣・・・そして仁野君の頑張り。
なんとか時間内にゴールしなくては!!
ラスト3キロを残り25分で通過する。
下り坂を抜ければ、最後のエイドステーション。まだまだ学生が『ラスト頑張ってください!!』と声援を送ってくれる。
しかし、もう止まることはできない!水を貰い『ありがとう!』と返すのが精一杯だった。
視界の開けたコース上をランナーが左に曲がっていく。
そしてラスト2キロの看板が見えてきた。自分も左折して後方のランナーを確認する。
するとお台場・富士五湖とご一緒しているN川さんがやって来た!あれ?いつ抜かしたのかな??
ラスト2キロを17分前に通過。キロ8分30秒でピッタリだ。
これなら行ける自信がある!
歩いては走り、走っては歩くの繰り返しではあるが、確実に自分の把握するペースでは走れている。
コースは一旦国道に戻り、ラスト1キロを過ぎてから再び常呂町民センターに向かう直線道路へと入って行く。
ラスト1キロのポイントで後ろを振り返るとN川さんが『記念写真撮りましょうか?』と20メートル後ろから走って来た。
いつものウルトラならもちろん応じるのだが、今回ばかりは『いやいや、余裕ないですよ縲怐I』と逃げるようにラスト1キロ8分30秒の時間との勝負のほうを取った。(N川さんごめんなさい!)
ラスト1キロは止まらない!そう決めた!ラストに甘えを作らないことで、次に繋げたい。
それは9月の『信越五岳トレイル100キロ』だ。いい形で次のレースに臨むように心掛けた。
しかし、段々と左足が重くなりふくらはぎをかばう様になって来た。
ラストは『お帰りなさい!!頑張ったぞ!』の声や『店長おめでと縲怩、!!アートスポーツバンザイ!!』の声援に押された。
沿道の応援がどんどん大きくなるに連れて今回の厳しかったレースを思い出し、久しぶりに涙を我慢できなくなった。
どんどん引きずる左ふくらはぎの痛みもあるが、この声援では止まれない!
自分で決めた1キロだけでもしっかりと走らなくては!
沿道にはたくさんのお客さんや仲間がいた。最高の瞬間だ!!
いつも以上に力のこもったガッツポーズとなった!!

100キロ 12時間59分02秒 40分57秒
12時間59分02秒これはサロマ湖の過去の大会でもワースト記録ではない。
これまでのワースト記録は12時間59分09秒とわずかながら遅いタイムだ。
2005年サロマンブルーを達成した年だ。あの時も厳しかったが、今回はそれ以上に苦しかった。

ゴール直後、すぐにへたりこんだ。左ふくらはぎはなんとかゴールまでもってくれた。
ゴールで待っていてくれたたくさんの仲間やお客さんに迎えられ、なんとか14回目の完走を果たすことができた。
途中お会いしたお客さんとも挨拶を交わし、お互いの健闘を讃えた。ガッチリと握手を交わした手にはたくさんの気持ちがこもっていた。レース中何度も前後しながら走っていた方もしっかりゴールされ、『間に合いましたか?』と心配されるのは自分の方だった。

自分がゴールしてからは余裕もなかったので、13時間のゴールを見届けなかったが、N川さんは12秒前にゴールできたらしい。ラスト3キロでトイレに行ったらしく、それで入れ替わったようだ。
また54キロ手前で会った大野さん達も『店長に聞いておいて良かった!完走できました!』と抱き合って喜んだ。
サロマンブルーの控え室に向かうと、いつものメンバーが迎えてくれた。
『どうだった?』『いつも通り58秒前で(苦笑)』
『さすがだね!計算尽くされた走りだ!』
『いや縲恪。回ばかりは辛かったです。』と14回目の完走を祝ってくれた。
着替える余裕もなかったので、冷えないようにシャツだけを変え、ジャケットとパンツを羽織り部屋を後にした。
会場でお会いしたクリニック参加の方からも無事完走の報告をもらい嬉しかった。
皆どうだっただろうか?心配だ。
それぞれのサロマ湖100キロウルトラマラソンがあった。
完走できたランナー、惜しくもリタイアしてしまったランナー、すべての方がサロマ湖を頑張ったはず!
決して1人ではない100キロマラソン。
ランナーにボランティアに支えられてこの大会が作られている。
また来年もこの地に帰って来たい。
来年は第25回大会だ。サロマンブルーメンバーとしても盛り上げたいと感じている。
2009年サロマ湖100キロウルトラマラソン参加の皆さんお疲れさまでした!
そしてありがとうございました。
総評:2009年サロマ湖100キロウルトラマラソンを振り返って。
今年で17回目となったサロマ湖。18歳で参加し今年で35歳になる。随分年を取りました。
やはり練習量が少なかったことが、今年の厳しさと肉離れのお土産を持ち帰った理由だろうか?しかし2007年以外距離を踏む練習よりは、カラダを動かすことを重点的に行い走り続けてきた。
この春の富士五湖でも50キロでの借金生活・・・途中リカバリーしたが、80キロでも借金を返せず、不安の残るサロマ湖だったことには間違いない。更に振り返ると、3月のお台場24時間走でも終盤かなり失速し、目標とする最低ライン150キロを越えられなかった。
『なんとかなるさ!』ではなんともならない年齢を考えざるを得ないのかもしれないと思ったりもする。
今回の貴重な体験を生かし、しっかりと次に繋げていきたいと切に感じている。
内容としては51キロ過ぎの脚の状態を考えるとよく踏ん張ったと言う感じだ。グランディアでの休憩を減らし、前半の借金をチャラにすることができたのは、完走に大きく近づいた要因であろう。
また80キロからの1キロごとの攻防。早く走れない自分に苛立ちを感じることもあったが、自分を見つめ直し走れるスピードを守ったことが良かったと思う。
結果を見ればいつも通りのタイムだが本当に収穫すべきことがたくさんあった17回目のサロマ湖だった。
しかし、最後に今回やりきれない思いとしては、日比谷店の仁野君を完走させられなかったことだ。
80キロさえ突破できれば、なんとかなる。これだけでは完走が転がり込んでくるものではなかった。仁野君も自ら経験した中で、こうすれば良かったとか振り返ると悔やまれる部分も大きいようだ。この経験を糧に来年もサロマ湖に挑戦して欲しい!また自分もなぜ仁野君がダメだったのかをしっかり分析をしてクリニックなどに生かしていきたいと感じた。また来年も一緒に走るぞ!
今年はたくさんのウルトラマラソンクリニックを開催しました!その数150名以上!初めてのウルトラマラソンをサポートすることができたならば、非常に嬉しいことです!
たくさんの反響も頂いているので、今後も開催していきたいと思っています。秋のウルトラマラソンに向けても、アートスポーツ池袋店での講義のみとなりますが、充実した内容で行いますので予定のある方、そうでない方でも大歓迎です!
今後ともアートスポーツ鈴木健司をよろしくお願い致します!
グランドブルーまであと6回!40歳で20回を達成したいと思います!来年のサロマ湖は第25回大会です。記念大会で盛り上がると思いますので、是非参加してくださいね!今後ともよろしくお願い致します。
最後に心拍計ポラール『RS800CXRUN』で取り込んだデータを添付します。

完走記の中でも20キロごとの拡大版を添付しています。上記のデータはトータルです。
一番上の赤ラインは心拍数。重なるように見えずらい黄緑のラインはストライドです。
真ん中から下の黄緑色はケイデンス(ピッチ)です。その下が5キロごとの平均ペース。
一番下の青のラインもその時のペースです。
完走記にも書きましたが、基本的に自分のペースの把握は心拍数です。時計に表示されるペースや距離は必要ではありません。
しかし今回初めてフットポッドを使用して、なぜペースが落ちているのかが明らかになりました!!
それはストライドが短くなっているのです!!ピッチ自体は変わっていないのです。
それはレース後、このデータを見ることで改めて確認できたことです。
20キロごとの細かいデータを良く見てみてください!面白い結果です。
これを知ってからストライド確保の為の筋トレを強化しています!
自分のスタイルは変わりませんが、今後このデータがどのように変化するのかが楽しみです!!
2009 サロマ湖ウルトラマラソン完走記 ~第1章~
レース当日、起床は朝2時15分。目覚ましと共に起きてトイレを済ませて、弁当を食べた。金曜日の就寝が2時だったのでぐっすり眠れた感じだ。
悠林館を出発するのが3時20分。外を見ると深い霧が掛かっていた。この霧が晴れたらピーカンになる!
そんな雰囲気だった。しかし天気予報は曇りのち雨。これは走ってみないとわからないな。
車中では安田さんと初出場の前田君が緊張気味な表情。仁野君は爆睡で会場を目指す。
前日の下見と全く異なり50メートル先は見えない。見えないくらいのほうが初めての場合、気持ち的には楽かもしれない。
そして午前4時少し前に会場へ到着。まずは室内にて荷物の準備を始める。フリーダムとクリオのテープを配る。自分は右足を中心にテープとローションを塗り込んだ。クリオは途中にマッサージジェルを置くが時間がないことも想定される。予めのケアが必要だ。
まずはいつものようにスタイリングから!と言っても富士五湖の時と変わっていない。いや昨年のサロマ湖と同じ格好だ。アート鈴木チーム『兎虎BBQ』の参加は自分だけだし、新メンバーはいないので新調することもなかった。


アンダーウェアとしては、アシックス肩バランスアップアンダーのメッシュタイプを着用。そして、2XUのシャツにアシックスのアームウォーマーを着けた。タイツはCW-Xプロモデルロングのカスタムオーダー。その中にアンダーとしてアシックスのコアバランスタイツを履いた。
ソックスはもちろんシルク5本指タイプで安心だ。シューズはNBのMR966でサイズは4Eの29センチだ。こちらは3月の24時間走の時から履いている、安定感のあるシューズだ。
後半の準備としては、X-FITのHOTロングスリーブを用意。それ以外には万能バンダナをもう1枚用意した。ロングスリーブは薄手のものも考えたが、予報が後半夕方から雨だったので、暖かいもので用意した。
次にサプリメント類。レース用として、主食はカーボショッツがメインで10本。ベスパハイパー6本。ベスパオーガニック4個。クエン酸フリーダム5本。スポーツミネラル4袋。オキシショット200ml。こんなにたくさん?とクリニックでも不思議に思われたが、脚力的にこのぐらい欲しい。
スタート前にはバナナとベスパプロを摂った。その後スペシャルドリンクを預けにいった。今回の中身は、味見も含めフィードバックプロテインにカーボショッツのワイルドビーン(コーヒー味)をセットした。これを30キロ、63キロ、80キロに預けた。
外は深い霧がまだ晴れずにいたが気温は極端に低くない。ウインドブレーカーなどは不要だ。荷物をサロマンブルー控え室に移動。今年は218名のサロマンブルーが走るので、スペースも体育館の半分を使うようになった。コーヒーサービスなどもあるが、時間短縮を考えゆっくり過ごさなかった。

そのままの流れでトイレへ向かう。サロマ湖直前クリニックで紹介した役場横のトイレは全く並んでいなかった。5分掛からずに済ませられ、スタートラインに向かった。
途中グランドブルーの丹代さんに会うことができた。丹代さんは怪我をしてしまい、今回は行けるところまでなんとか頑張ると言う。連続完走者だけに頑張って頂きたい!
スタートラインには陸連登録とサロマンブルーのブロックがあり、スムーズに並ぶことができた。後方には長いランナーの列が続く。


いよいよ自分自身17回目となる、サロマ湖100キロウルトラマラソンが始まる!

午前5時スタート!
前方からのスタートでスムーズに流れ出した。後方から抜かれるばかりで自分が抜いていくランナーはいない。涼しいので皆さんペースが速くなるのが予想された。周りに流されず自分のペースを確保する。
深い霧がまだまだ広がり視界は悪い。同じ場所からの写真がこんなにも違った景色になっている。この霧の後の晴れ間を考えると不安が残った。


前半からたくさんの知り合いの方に声を掛けて頂いた。サロマンブルーの方や御徒町・渋谷・日比谷店のお客さん、そして池袋店での『ウルトラマラソン完走クリニック』に参加して頂いた皆さん。毎度のことながら見ず知らずの方からの『アート鈴木さんですよね?ブログいつも見てます!参考にさせて頂いてます!』が一番嬉しい!
初めの5キロまでは1キロごとの表示だ。スタート地点付近に戻るコースになっているが、昨年よりも5キロが手前に感じた。大きな変更はなかったけどなあ。4キロまでペースを確認していたが、5キロには気付かず・・・ほぼ6分30秒だったのでその計算で頭に入れた。次の10キロは計測マットがあるから忘れない。1時間05分くらいでパスすればいいだろう。
5キロ 32分30秒(仮通過タイム)
自分のペース作りに関してポイントとなるのは『心拍数』だ。昔からセイコーパルスグラフ、ポラールS610を使っていた。今回はバージョンアップして『RS800 CXRUN』を新調した。
難しく思われがちだが、カラダの状態を数値化してくれるので無理のないペースが刻める。なのでレース最中に表示する項目は『心拍数とラップタイム』だけだ。それによって周りに左右されないペース作りが成り立っている。数字的には145縲鰀150くらいで推移している。無理のないペースだ。5キロのラップタイムも予定通りと、すべて順調だ。
給水に関しても5キロではパス。たくさんの人だかりを横目に走り抜けた。この付近ではリズムを重要視しているのと、気温も低かったので汗も出ていなかった。見渡せる直線道路はまったく視界は開けない。このまま涼しい時間が続けばいいな。風だけは向かい風。強くはないがスッと冷たい空気が入ってくるのだ。これがまたワッカで厳しい寒さになる要因だ。

後方のランナーに目をやりながら走っていると、悠林館で同宿の有美さん、恭子さん、有里さんと、早稲田大学卓球部前田君がやって来た。女性陣3人は問題ないが、前田くんが心配だ。最長距離20キロなだけに飛ばし過ぎに注意だ。『3人に付いていくんだよ!』と伝えた。皆キロ6分ちょっとくらいで走っているようだ。仲間では日比谷店仁野と安田さんの姿が見えない。と言うことは同じペースで走っていると言うことだ。そのうち追い付いてくるだろう。
そうこうしている間に、まもなく10キロが近いことを告げる林が近づいてきた。集中していると時間の経過が早い。林を抜ければ10キロの計測ポイントだ。
10キロ 1時間05分16秒 32分46秒
まったく無理ないペースで走れている。脚の違和感もない。10キロで5分の貯金となった。この先竜宮台の折り返しが15キロとなる。先頭ランナーが戻ってくる辺りで17.5キロとなる。ペースを掴み出したので10キロの給水もスルー。しかし走りながら補給はしっかりと!カーボショッツとオキシショットは5キロごとに流し込む。
そして帰りに寄るトイレの位置を確認しながら走ると、例年よりも速くトップランナーが折り返してきた。今年は涼しいので前半から飛ばしているような感じだ。その中に金曜日に池袋店に来てくれた元早稲田大学陸上競技部の桜井君の姿もあった。初ウルトラに緊張していたが、潰れなければいいけど。
いつも寄る場所の仮設トイレは2つから4つに増設されていた。このタイミングでは5人くらい並んでいるので、帰りはもっと空いているだろう。ふと見ると、恭子さんがトイレから出てきた。他の2人は前に行ったらしく足早に追いかけて行った。
たくさんのお客さんに挨拶をしながらあっという間に折り返して、人数が多すぎてカメラの登場は控えている。いつもの応援団『へろへろ』の皆さんも折り返し手前で声を掛けてくれる。

15キロ 1時間38分00秒 32分43秒
気になっていた仁野君の姿が見えない。そして安田さんは叫んでいた!『悠真が速すぎるんです!』安田さんは脚の状態が悪いのか?いつもよりもゆっくりのようだ。
そして最終ランナーとすれ違いっても仁野君の姿が確認できなかった。もしや・・・いやそれはないだろう。するとクリニックに参加してくれたお客さんが、仁野君がいたことを教えてくれた。ひとまず良かった。
さて、15キロでのペースもキッチリ6分半をキープし問題なく走れている。この後はトイレ休憩を予定しているが、さほど催していない。これはカーボショッツのワイルドビーンの効果か?スタート前にも大は済ませたので問題なさそうだ。
*カフェイン入りのワイルドビーンは乳酸対策に効果的!!そしてカフェインは一般的には利尿作用があるのだが、運動時はカラダが「抗利尿ホルモン」を分泌するのでトイレが近くなることはないのだ!!

ここ辺りでは20回以上完走しているグランドブルーの山口さんと並走した。山口さんにも『緻密な計算だなあ』と言われた。その周辺には集団ができていた。自分がギリギリランナーなのは周りの方は承知済み。“自分に着いて行けば”の雰囲気があったので、『僕より前の方がいいですからね!後半追い付かれないように!』と伝え、そのタイミングでトイレに立ち寄った。
トイレはまったく並んでいなかった。やはり右側のトイレは空いているのだ。トイレの窓から後方のランナーが見えるが、仁野君の黄緑のシャツ姿は見えない。
1分も経たずして終了!またリズムを取り戻しレースを再開した。
20キロ 2時間11分22秒 33分21秒

まったくもって乱れないペース。心拍数150を切るくらいの自分にとっては気持ちの良いところだ。相変わらず晴れない霧・・・いつまでこのまま肌寒いのだろうか?体力的な消耗もないまま、20キロを通過した。そろそろ食べ物をお腹に入れていこう。
バナナをひと切れ貰い、水で流し込む。そして再びカーボショッツとオキシショットを注入する。この先も平坦が続き、5キロ先にはまたエイドがしっかりとあるので、空腹感が出ない程度に満たしておこう。エイドでも後方を見やるが仁野君は見えなかった。気にし過ぎかな?50キロまでに追い付かなければ、厳しいと思っておこう。

竜宮台の1本道に別れを告げて、国道側の道に向かう。まだまだ往復をしなくてはいけない距離なのだが、前方は見えず、気は紛れる。この後はエイドがあり、30キロではスペシャルドリンクも摂れる。まずはなんとか貯金を確保していかないと後半辛くなる。しっかりと走っていこう。
エイドではまたバナナを貰うくらいで、大きな補給はしなかった。この辺りになるとストレッチする方も増えてきて、エイドを過ぎた辺りが人だかりになる。横目で見ながらスタート!そして毎回応援バスの方々もいるポイントで、コースが賑やかになる。元気を貰い前に進んでいく。おそらく応援の方はかなり寒い気温のような気がする。ランナーの吐く息も白いからだ。
ある程度前後がバラけ始めた感じになってきた。しかし例年よりもランナーの数は多い。まだ自分が抜いていくランナーはほとんどいない。抜かれる一方だ。
25キロ 2時間46分50秒 35分28秒
初めて35分を越えてきた。エイド2箇所分と考えれば問題ない。30キロの通過で再び確認しよう。
25キロを過ぎた給水で嬉しいことがあった!
ボランティアの女性の方が『いつもブログ見てます!これ四つ葉のクローバーです!頑張ってください!』と声を掛けてくれました。とても癒された瞬間でした。本当にありがとうございました!
モチベーションもアップし、いよいよ30キロのスペシャルが近づいてきた。今回のスペシャルドリンクは初の組み合わせをチャレンジ!それは“カーボショッツワイルドビーン”と“フィードバックプロテイン”だ。今まではピーチ味のグリコーゲンリキッドを使っていたが、新たな開拓と言うことで、3つのスペシャルすべてこの組み合わせにした。不味かったら最悪だ・・・。
ボランティアの学生が『ドリンク預けている方、手を挙げてください!』とテーブル前で声を掛けている。スムーズに受け取り、通常エイドで水を貰う。
そこでお会いしたのは、クリニック参加の方!
仲良く3人でシェイクシェイク!スペシャルドリンクの味は?と言うと・・・
『これは美味しい!』イメージしていたのはコーヒーフロートだったのだが、冷たい水でシェイクすれば甘過ぎず、スッキリした口当たりだ。これならば次のスペシャルも楽しみだ!そして30キロへ。



30キロ 3時間24分35秒 37分45秒
スペシャルドリンクシェイクの時間を足してはみ出した感じ。しかし35分以内に納めたいな。ちょっとだけ不安がよぎる。とりあえずまだ3時間30分に対しては5分の貯金があるのだから、問題はない。
30キロの関門ではグランドブルーの細田さんがいた。昨年から座骨神経痛がありあまり走れていないようだ。また朝お会いした丹代さんも怪我が思わしくないようだった。
30キロから再びコースを戻るような形で直線道路をひた走る!この先ようやく国道に出てサロマ湖の周回に入る。国道は35キロ。この直線はまだ5キロ続くのだ。
ペースが落ちてきているのは、この10キロでなんとなく理解した。心拍数の変化はない。富士五湖112キロの際も50キロでは4分オーバー、80キロでは8分オーバーして通過していた。サロマ湖では80キロの関門に間に合っていないのだ。しかし本栖湖で15分から18分休んだのもあるし、コースの差もあるのであまり気にしなかった。
35キロまでの間に食べ物を摂れるエイドは1つ。スペシャルドリンクを摂ったのでエネルギー的には問題ないが、走りながらオキシショットを流し込む。また満腹感を出すためにベスパのオーガニックの固形物を口に入れた。
35キロからはようやく緩やかなアップダウンが始まる。本格的な登りは45キロからだ。貯金は使いながらも足を残し、50キロを計画通りに通過したい。
エイドに到着し、ここでもスイカを食べる程度。パンは喉を通り難いので摂らなかった。リズム優先で先を急ぐ。この辺り太平サブローさんがいた。2年前も国道に出てから並走したが、今年はあまり調子が良くないように見えた。一緒の若手さんも辛そうだった。
ようやく35キロの238号線オホーツク街道に出た。ここから61キロまではほぼこの国道沿いを走る。そして交通規制もされていないので2列走行となる。
簡易トイレが目立つ場所にあり、いつも数人並んでいる。先程自分をパスしていったお客さんがトイレ待ちしている間に先に行かせてもらった。補給・トイレすべてがレースの一部なので、早く走る必要もあるが、ロスをなくすことも必要だ。自分は今回のレースの最中は2回しか行かなかった。後半は立ち寄る暇がなかったと言った方が正しい(笑)
35キロ 4時間00分29秒 35分54秒
走るペースは落ちていないようだ。エイドの分だけはみ出したが、ロスは1分以内に収まった。
この辺りは芭露。牧場が広がりのどかな風景が北海道らしい。この先に芭露の町があり、地元の応援が嬉しい。
そして、ここで後ろからやって来たのは仁野君だった!『お縲怐Iやっと来たか!安田さんは?』『まだ後ろですね。健さんより先に行っていた方が良いんですよね?じゃあ行きます!』『無理するなよ!』
心配していた仁野君がやっと来たことで、少し安心した。膝も問題ないようで少し前を快調に走っている。若干ある登り坂は腕を振って走れている。まだフルマラソン手前。これからが未知の世界だ。頑張って欲しい。

芭露の町の応援を受けまた町外れに向かう。ここだけは橋がいくつかあり、車道が狭いので唯一交通規制をしている。その先に40キロの計測ポイントが見えてくる。
40キロ 4時間37分47秒 37分17秒
今までの貯金が一気になくなっている。約2分くらいになってしまっているので、5キロで2分を使い果たし、登りが出てくる50キロでは5時間53、4分辺りか?脚はまだ重くないが、ペースが落ちているのが現状だ。

42.195キロに向けてひた走る。前には仁野君の黄緑シャツが見える。1分くらい離れているようだ。国道に別れを告げ、湖畔沿いの側道に入る。蛇行する湖畔を抜けるとすぐにフルマラソン地点だ。

4時間53分28秒
フルマラソンはただの通過点。まだ半分にも満たない距離だ。仁野君にもフルマラソンを過ぎて一段落ではなく、あくまでも5キロごとにペースをつかむように指示した。ストレッチなどでリフレッシュするのもありだが、あくまでも42.195キロでしかない。
月見が浜は『カメラのタカハシ』が写真を撮ってくれている。こんな風景が月見が浜。
湖畔の道から再び国道へ。分岐点にかぶり水があったので、このタイミングで初めてバンダナを濡らした。顔の周りに塩が噴いている状態だったので、気温は高くなかったが冷やすことにした。足元もタイツを濡らし、オーバーヒートを防ぐ。
さて、ここからがサロマ湖が牙をむくコースだ!と言っても歩いてしまう程、急な勾配ではない。フラットと言われるが故に際立つ登りと言うだけだ。

月見が浜を離れ、45キロの手前にエイドがある。次のエイドは50キロのすぐ手前に被り水、食べ物は52キロ手前までない。約7キロの間に登りは2つ。しっかり走るには補給が一番!
このエイドで仁野君を確保!やはり休みが増えてきているので、先行しても自分のペースに追い付かれる。ここからは並走が始まる。自分に追い付かれたことで仁野君の胸中が気になる。
45キロ 5時間16分02秒 38分15秒
やはり50キロでの貯金はなさそうだ。逆に借金生活だ(汗)。これを改善するにしても今はペースを上げられない。カラダに無理なく54キロのエイドに到着することが優先だ。
登りに差し掛かると、歩かないように前傾姿勢をとった。足元を見て腕だけで進む感じ。歩いてしまっては50キロからの坂が辛い。仁野君も歩きや休みが入るようになってきたが、なるべく走るように促した。


この坂の頂点でスタートの湧別町とはお別れ。佐呂間町に入る。ここからの長い下りはまた走れる所だ。飛ばし過ぎないように気を付けて進む。下りに入って仁野君のペースは上がらない。膝を気にしているようだ。
ようやく50キロのポイントに向けての長い直線に入る。『途中に被り水があるのでそこまで頑張るぞ!』脚の止まりかけている仁野君に喝をいれる!下り切っての平坦がしんどくなってくる頃だ。
なんとか被り水まで到着。『補給していいですか?』
ここで休んでいる場合ではない。次の52キロ手前で長く休まなくては。『先にゆっくり行ってるぞ!』後方を気にしながら走る。

50キロ 5時間54分32秒 38分29秒
予想通り4分の借金生活となった。しかしまだまだ挽回はきく。このペースが40分を越えていないので、50キロ以降キロ8分に対しては貯金となる。38分で5キロを2回刻めば借金は返せるのだ。
50キロの計測マットを越えてから仁野君を待つ。表情からも苦しさが伺える。『健さん、歩きたいです・・・。』そんな表情だ。こちらは立ち止まって待つが、追い付けば先に歩き出す。この先は坂が続くので、『ここは歩くぞ!』とハッパを掛ける。

すべて歩いてはロスが大きいので、先を行き走れる所で走り出した。1キロ表示なので確実にペースを刻める。51キロの通過には9分掛かっていた。
下りに入るので、次のエイドまでは確実に走りペースを戻したい。仁野君も走り出すことはできたので、エイドまでを急いだ。
エイドではバナナを食べて、ドリンクを摂りポーチからカーボショッツとオキシショットを取り出した。休憩時間はほとんど取らず、歩きながら次の54キロエイドステーションを目指した。
曇っているのにジメジメとした感じもあり汗は多い。エイドの被り水をタイツのふくらはぎに掛けた。走り出した瞬間に、アクシデントが発生した!
痙攣だ!
左脚のふくらはぎがピクピクきたと思ったら、右脚にもピクピクがやって来た!我慢して走るが・・・やっぱりダメだ。仁野君に先に行くよう伝え、その場で縁石につま先を乗せる。すぐに治まり走り出すが、またピクピク言い出した。
ここまで塩分を摂っていなかった。やっつけではあるが、スポーツミネラルを取り出しオキシショットで流し込んだ!
この17年間で初めての経験。
サロマ湖レース中に脚が痙攣すると言うアクシデント!
どんなことがあってもキロ8分でペースを刻む力は付いている。痙攣の場合はどうか?この時点でキロ9分では間に合わないことは理解している。どうすればふくらはぎに負担を掛けずに走れるかを走りながら探るしかない!
先に行かせた仁野君の姿はまだ100メートルも行っていない。2回程のストレッチで痙攣は治まり、今までよりも、よりペタペタ走法で走り出した。イメージとしては太ももの前側で脚を運び出す感じだ。そして平坦な53キロの表示付近で仁野君とお客さんに追い付いた。この走り方ならば大丈夫そうだ。
自分を入れて5人の集団ができた。仁野、クリニックに参加してくれた女性、そして池袋店に買い物に来てくれた際にサロマ湖に出る話で盛り上がった、青森から参戦の大野さんと一緒のお友達。
大野さんが『店長!このペースで間に合いますかね!』『大丈夫ですよ、このペースがだいたい5キロ38分で刻んでいるので、このまま行けば大丈夫!エイドステーションは6時間40分までには出発して、そこから55キロが坂を上った先にあるので、以降の5キロラップをできるだけ38分で刻んでください!休みを入れながら38分ですよ!今のままでいいんですけど、アップダウンがあるので下りで稼いでください。』
54キロのグランディアサロマ湖までは、また湖畔を離れ一コブ登り、下ってダラダラとした坂の向こうに見えてくる。54キロを過ぎ、エイド入口到着が6時間30分になるところだった。
第2章に続く・・・。
すぐに荷物を受け取り、まずは水分補給とウエストポーチに残ったカーボショッツとオキシショットを飲み切る。
72キロの永山くんと美佳さんに会うことができた。また112キロや100キロで折り返すランナーのお客さんとも会話を交わす。

そうこうしているうちに時間の経過があるので、場所を変え後半の準備に取り掛かる。まずはウエストポーチの補充。カーボショッツのフラスコにオキシショットのボトル。スポーツミネラル2つ。そしてパワーバーとベスパのオーガニックを入れた。最後にカーボショッツのワイルドビーン2本は1本ポーチに入っていたので、『まぁいいか』と思い再び荷物に戻した。
さらに肩バランスアンダーまで脱ぎ、ベースにX-FIT HOTのロングスリーブを着て、再び肩バランスアンダーを重ねた。

他の装備としてはレモテープを足裏と腰に貼っていたので張り替えた。風が冷たく感じてきたので、預けていたアシックスのジャケットを腰巻きにした。いざ出発!の前にトイレに向かい、スタート時間は8時間33分を迎えたところとなった・・・まずいな・・・。
本栖湖の出発時にナンバーカードにチェックが入る。そして300人くらいしか向かわない淋しい左側のコースに向かう。
70キロの表示がいつ出て来るか気になる。このコースは昔の77キロの際に、3キロ先の駐車場まで走っているので大体のイメージはついている。しかし70キロを過ぎないことには後半の組み立てとして不安を拭えない。
70キロ 8時間46分27秒 48分02秒
本栖湖のエイドで10分以上休んでいた割りにはラップタイムでは許容範囲内。しかし90分で12キロを回らなければならないので、ある程度飛ばしていかないと厳しそうだ。
あと1時間14分で10キロ。80キロ10時間だけをポイントにしているのでキロ7分半でなくてはいけないとますます不安になる。まずは逆さ富士の見える駐車場までの登りを走って登る。
しかし途中で失速・・・歩きを含めて頂上に辿り着いた。そしてまだまだ先に行かないとエイドがないので、毎年寄っているトイレで休憩をする。束の間ではあるが、脚を冷やし首に水を掛けてリフレッシュする。そして気持ち的にも冷静になろうとスタートした。

この先は基本的には平坦だ。いつも風が強い本栖湖だが、今年は例年のような冷たい風はない。陽射しが暖かく感じる。
しかし、集中力が切れてきたのか、走り出してもすぐに歩き、歩く時間が増えてくる。また2年前にHANAがサプライズ応援をしてくれた場所に差し掛かると、今年もまた!を期待していた。今年はまずありえないので、頑張るしかない!と思うが、脚が進まない。
そしてまた時間を気にする。75キロはまだ到着していない。遠くにエイドが見えているが、なかなか近づかず気持ちばかりが焦り、時計のラップは45分を過ぎている。ようやくエイドまで1キロの看板が出てきたが、75キロは確認することができなかった。
このペースでは無理か。また昨年のようにリタイアしてしまうのか・・・いや!ここで諦めてはいけない!まずはエイドまで走り続けよう!本栖湖周回にただ1つだけのエイド。ランナーの数も疎らで、時間ギリギリの半分諦めモードの雰囲気も漂う。
ここでの補給は、本栖湖入口で摂らなかったスペシャルドリンク!片手に持って走っていたが、満を持しての投入だ!さらにオキシショットを加え、別にカーボショッツとスポーツミネラルを摂る。
ボランティアの方には『なんですか、それ?いろいろあるのねぇ縲怐x『いやショップの店員なんで、自ら試してお薦めするんですよ!』『なるほど!アートスポーツね!頑張ってください!』『絶対完走するぞ!オー!』と掛け声を自ら掛けスタートした。
まずは本栖湖入口にどのくらいで戻れるかだ!最後の坂にキロ10分掛けるように前半貯金を作っているので、80キロの通過は10時間を過ぎても10分くらいは許容範囲となる。10時間を切れてもそこで疲労度がたくさんあっては完走は遠くなってしまうからだ。まずは良いリズムで走ることを心掛けよう。
エイドをスタートすると湖畔沿いに木が迫り出した日陰の道を走る。平坦でもなく細かな蛇行とアップダウンが気持ち良い。ペース作りにはまず心拍数だ。基本140縲鰀145が自分に負担のない心拍数。それをベースに気持ち良く走る!スペシャルなどの補給の効果もあり、歩きが入ることもなくキロ7分から7分半くらいのペースになっている。
段々と見慣れた景色に周回道路がまもなく終わることを感じる。そして経過時間はまもなく10時間を刻もうとしていた。キャンプ場などが近づきアップダウンがきつくなる。それでもなんとかペースを守りエイドに向かう最後の坂まで辿り着いた。さすがにその坂道は歩いてしまった。
112キロのランナー以外には本栖湖エイド到着が関門となり14持30分が制限時間だ。ちょうどその閉鎖された関門の脇を通りエイドに入った。
エイドにはナンバーカードを外してゆっくり休憩している人、ブルーシートに大の字で寝ている人様々だ。自分は休んでいる暇はない。しかし、この次のエイドは青木ヶ原樹海大橋を登り切った先に給水、そしてここから8キロ先にうどんエイドとなる。携帯しているエネルギーだけでなく、お腹に入れておく必要もあるだろう。
ボランティアの若い女性陣の『頑張ってください!』に押され、カステラを食べてスタートを切った。
そしてすぐに80キロ地点を確認!
80キロ 10時間08分55秒 1時間22分28秒(10キロラップ:平均8分15秒)
実際本栖湖の向こう側でバテていたので、後半の5キロが38分くらいで走っていそうな感覚だった。昨年は10時間20分近く掛かっていたので、気持ち的にも昨年のように飛ばし過ぎを注意した。体力的には今年の方が余裕がある。
100キロの通過目標が12時間40分だ。このタイムで行けば残り12キロに110分を残すことができる。ラスト2キロは下り坂になるので、15分あればカバーできる。と言うことは10キロ95分を掛けられるのだ。そうするとキロ9分でも5分間の余裕が生まれる。この安心感がギリギリでも間に合わせる秘訣だ。
今年のクリニックでも『走りながら考えるのは非常に面倒くさいのでしっかり計画を!』と伝えているのだが、実際自分は考えながら走っている。この計算を繰り返しながら集中力も高めている感じだ。でも頭が回らないので皆さんには始めからの計画をお薦めしたい!
本栖湖から精進湖の出口の途中で、いつもサロマ湖でご一緒しているお客さんが歩いていた。聞くと『本栖湖の関門がギリギリだったから、もう間に合わないかな』と。そう、14時30分の関門は112キロには関係ないのだが、明確な表示がない為に次のエイドも関門に間に合わないのでは?と勘違いをしてしまったのだ!『いや大丈夫ですよ!とりあえずまだ間に合いますよ!行きましょう!』
樹海大橋に掛かると往きに強く吹いていた風が、今は追い風となりランナーの背中を押してくれる。この坂を歩くと走るではタイムの貯金に差が出る。背筋を伸ばし、風をもろに受けて走った。そして85キロに辿り着いた。
85キロ 10時間48分21秒 39分25秒
完全復活だ!キロ8分をキープしている。この間エイドはなく、少し歩きもあったがこのペースならば安心だ。給水では水分とカーボショッツを摂り、次のうどんまでペースをキープする。
西湖の入口までは緩やかな登り。ここも風が味方してくれた。国道を横切り西湖へ向かう。約1.5キロでうどんエイドだ。前を行くランナーにお客さんを見つける。
『こんにちは!あれ?鈴木さんが来ると言うことはギリギリってことですか?』『まあ、でもうどんを食べたりする時間はありますよ!』そんな会話を交わしうどん野鳥の森公園へ到着した。
ここは88キロ地点。この先にすぐ90キロがあり、西湖公民館が91キロぐらいで関門になっている。その次のエイドは西湖を越え、峠の下りにある96キロ付近の西浜小学校だ。

まずはうどんを頂きボランティアの子供達と会話を交わす
『じっとしていると寒いよね、大丈夫?』
『大丈夫っす!頑張ってください!』
『ありがとう!』
さらにカーボショッツとオキシショットを注入し、スタートした。
西湖は往きには通らなかった反対側を走る。うどんから始めは下り坂。そして周回道路に入ると登りが始まる。西湖は1周約10キロになっていて起点がこの近くになる。抜けるまでの約6キロはこれを基準にペースの確認ができる。
登りは歩く、緩やかな部分を走る!ここまでかなり頑張ったので、積極的にカラダを休ませた。まもなく90キロだ。
90キロ 11時間35分35秒 47分14秒
思ったよりも掛かっている。うどんエイドで結構時間を使ってしまったようだ。あと22キロで3時間弱・・・と頭の中でまたまた計算を始めた。この先の西湖公民館で確認しよう。平坦になってから関門まで走り出す!
待てよ・・・20キロ3時間でキロ9分だから・・・2キロプラスで・・・3時間はないし・・・。おっとこれは(汗)!
関門に到着をすると残りの距離は21キロだと言う。時間はまもなく11時間45分だ。ますますギリギリになっていく。とりあえず後半坂道が続くので走れる西湖・河口湖で稼いでいこう。
もう一度計算すると制限時間まで2時間45分。距離は21キロ。単純にハーフマラソンだとしても、後半歩きばかりでは辿り着かない。10キロを1時間20分で走れば11キロに1時間25分使うことができる。10キロ1時間20分はキロ8分ペースだ。残りの11キロもラスト2キロが下りだと考えるとキロ8分でピッタリだな。(こんなことを考えながらいつも走っている)
後半に少しでも余裕を作る為に、この西湖は頑張ろう!西湖公民館近くには周回キロ表示が3キロとなっていた。西湖出口まであと3キロと思ったら俄然やる気が出た。いつも永遠に終わらないと思える西湖が時間的にも30分以内で抜けられる!と言う安心感が余裕に繋がった。
ここから気持ちではキロ7分!実際はたぶん7分半から8分近くだが、休憩時間を稼ぐ為にも先を急いだ。西湖湖畔に出ても風はこちらに味方した!もちろん風は強く吹いているのだが、背中を押してくれる。
1キロごとにラップを確認するとキロ7分ちょっとで走れていた。エイドもない、このまま西浜小学校まで走り切りたい。
ここで前を走るランナーにお客さんを見つけた!こちらを見て自分がやって来ることにリミットを感じているような苦笑いを浮かべている。そう自分は自らも認めるリミットランナー!近づいて行くと女性ランナーが『鈴木さん来ないで縲怐I』一緒に走っている男性が『鈴木さん、死神みたいに言われてますよ!(笑)』『いや縲怎Mリギリですよ!』と自分。
もうすぐ西湖も終わり95キロの表示が出てくるところだが、なんと看板は92.5キロだった!いやいや、これはないでしょ!何度も走っているコースだから、大体の把握はしている。90キロ以降西湖周回の距離表示でも走ってきたんだから、92.5キロと言うことはない。次の表示で確認するか、100キロの距離表示で考えるかだ。
西湖に別れを告げ、峠のトンネルに向かう。トンネルに向かって追い風が凄い!押し出されるような形で河口湖へと向かった。
すると下りの途中に石橋君がいる。見るからに足を引きずり、下りも痛くて進めないと言う感じだ。少し離れた所から
『いしばし縲怐I大丈夫か?』
もう半ベソ状態で『膝が痛くて・・・。』
『走れるか!?間に合うぞ!ペース上げるぞ!付いてこい!』
急な下り坂で膝が痛ければ厳しい状態だが、なんとか付いてきた。
まずは石橋君の装備を確認する。
『行けるか?ポーチの中には何が残っている?』
『カーボショッツ2本とベスパハイパーです。』
『次の西浜小学校でベスパハイパーを摂って、オキシショットを水に混ぜて摂ってすぐ出るぞ!この時間だとエイドにあまり残っていないから、まずはそれを摂ろう。』
西浜小学校エイドは閑散としている。自分もパンパンに乳酸が溜まる脚を軽くする為にオキシショットを摂った。歩きながら坂を下り始めた。
これからの作戦を石橋君に説明。たぶん計算はできないだろうから、今キロ7分ちょっとで走ることで、最後の坂に余裕を作るんだと話した。石橋君は初100キロ。膝に不安があると練習でも感じていたが、脚をかばいながらもペースを切り替えて付いて来れるのは、ベースのスピードがあるからだ。

途中河口湖湖畔で、チームZEROの逢坂さんに追い付いた。キロ8分では走っているので、前に出たがあのペースならばギリギリ大丈夫だろう。こちらは脚のダメージの大きい石橋君を連れてなので、安心できる距離まで進みたいと思った。
距離については95キロを過ぎて残りは15キロくらいだと言うこと。河口湖へ出て100キロ看板に85キロを発見!残りは15キロと言うことだ。
またまた計算をする。もうすぐ100キロの計測ポイントもあるので、再チェックだ。100キロと思われる場所に到着。(表示はなし)
100キロ 12時間44分20秒 1時間08分44秒
たぶん距離的には合っているだろう。この10キロ飛ばしに飛ばしたので、キロ7分を切っている。休憩もかなり省いたので、当初の計画の100キロ12時間40分まで4分差まで持ち直した。
この距離が正しいならば、残り12キロに1時間45分ある。安心できる状態ではない。そしてこのエイドの次はラスト約7キロの地点までない。ここから5キロ先、しかも河口湖大橋の通りに出れば登り坂だ。
まずはここでも補給が1番!石橋君にはカーボショッツを1本しっかり摂ってもらった。自分は手持ちのカーボショッツがラスト1本となった。本栖湖で拾わなかった2本が大きく影響している。今摂らずしていつ摂る!と言うタイミングだったのでしっかりと飲んだ。
この先は今よりも歩きも増えるだろうが、リズム良く走れているのでこのまま粘れるだけ粘ろう!まずは河口湖大橋の交差点を目指した。
石橋君と『絶対ゴールするぞ!』『オー!』の掛け声で気持ちを盛り上げた。
河口湖湖畔は比較的平坦で走りやすい部分ではあるが、段々と陽も傾いてきて寒さが厳しくなってくる。動いていないとすぐに体温を奪われそうだ。なんとか大通りまで戻ってきたが、徐々に登りが始まる。
1人旅ならば歩いているところだが、今回は石橋君がいるし時間的な余裕を作るのに最終関門までは急いだ。途中に距離表示があったが、今になって『100キロ』・・・な訳ないでしょ!
坂道は走ったり歩いたり。持ち的に前向きになる為にも目印を決め、掛け声を掛けながら走った。その距離たった100メートルぐらいの繰り返しだったが、歩きっぱなしよりもリズムを作れた。
そしてようやく国道に到着。ここからコースが昨年と変わっていた。従来は左折して船津口登山道を右折したが、今年はそのまま直進となった。
ここで『やった縲怐I鈴木さんに追い付いた!』と言う声が!見ると、西湖で『来ないで縲怐I』と言っていた女性と走っていた方だった。『鈴木さんに追い付いたら、絶対ゴールできますよね!良かった縲怐I』後から分かったことだが、こちらの小関さんはいつもサロマ湖で走っている自分の友人の同級生だった!
『距離が曖昧なので、ギリギリでしょうけど、まだ大丈夫ですよ!』無理せず歩きながら、時折走り最終関門を目指した。
最終関門はゴールまで約7キロの地点にある。実際は6キロちょっと。ここを7キロで計算すると9分で刻めば63分。
500メートル短ければ4分30秒早くなり59分だ。現在の時間は13時間38分くらいだったと思う。残り52分。7分で走り3分貯金だが、ここから7分は厳しい。ラスト2キロは確実にキロ7分で刻める。と言うことは5キロを38分で刻むことになる。
色々考えても仕方がない。坂を登り切れば、ラスト2キロは毎年のことだ。それは変わらないだろう。少しでも前に行こう。
今になって考えると100キロ以降も頑張って走っていたのに、ラストの坂で貯金がないのはおかしいことだった。本来歩き中心でも良いくらい余裕があるはずだったのに。このことはゴールタイムでつじつまが合う。
最終関門には豚汁があると書かれていたが、やっぱりなかった・・・。石橋君は最後のカーボショッツを摂り、自分はフラスコを目一杯振ったが空っぽだった。ここにきてお腹が空いてきた。ポーチは空だったが、デジカメを入れたケースの中にパワーバーが入っていた!お縲怐Iこれこそ天の助けだ!食べながら坂を登り始めた。
105キロの標識があったが気にせず走る。我慢我慢のしどころだ。周りにも完走を諦めないランナーがたくさんいる。辺りは薄暗くなり、時間の経過と共に坂が終わることも感じ取っていた。
いよいよ終わりが見えてきた。最初にぶつかるT字路はラストの急坂の目印だ。歩くことを増やせないので、リズム良く電信柱2本分だとか、あの看板まで!を繰り返しラン&ウォーク!ここへ来て石橋君のリズムが良くなり『先に行っていいよ!追い付かれないようにね!』と前に行かせた。あの調子ならば問題ないだろう。
2年前に100キロランナーだけが3/4のところプラス1周しなければならなかったことがあるが、3キロと言うならば何周させるの?それはないな!また最終エイドで一緒になった小関さんと、初100キロを目指すSさん(初対面)と並走する。
Sさんは『完走できますか?間に合いますか?』と不安そう。坂を登り切ったら歩こうと思っていたけど、絶対ゴールしたいと言う気持ちが彼女を走らせていたと思う。自分と小関さんはここまで来たら気持ちに余裕ができた。『絶対大丈夫です!間に合いますから!良く頑張りましたね!』Sさんは目に涙を浮かべながら走っている。初めてのウルトラ、やっぱり強い気持ちが大切だなあと心から思った。
計測ポイントがありおそらく110キロ!『110キロですか?』と聞くと『そうです!』やっと来ました!正しい距離に。
110キロ 14時間10分22秒 1時間26分01秒
100キロからの10キロを9分掛からずカバー!坂があった割りに頑張ったタイムだ。
本来1人旅ならば100分くらいで走っていただろう。距離表示の曖昧&石橋君との並走によりタイムとしては縮まった訳だ。
残り2キロ!ここで2キロならば最終エイドで3キロないって!またまた思ってしまった。さあ切り替えてラスト2キロ楽しみましょう!
Sさんは感動のあまりまだ涙が止まらない。途中まで仲間3人で走っていたのを見掛けたが、仲間は完走を信じて前を走っていった。
『ここで走れてるのは2人のおかげです!』『いやいや、走って来たのは本人ですから。自分が頑張ったんですよ!初めのチャレンジで立派ですよ!』
小関さんと2人でウルトラの魅力を語り合った。特にこういったコミュニケーションはウルトラの醍醐味!目標とするゴールが一緒なだけに、少しの間でも絆ができる。
最後の北麓公園に向かうカーブを曲がりあと下り坂。一層ピッチが上がる!スタート地点の競技場が近付いてきた!ライトに照らされて沿道の応援がシルエットになる。その中から
『アートスポーツ頑張れ!おめでとう!お帰りなさい!鈴木さ縲怩I早過ぎるんじゃない?』の声(笑)。
Sさんから
『一緒にゴールしてください!お2人のお陰で走り切れました!』と声を掛けて頂いた。
競技場の前から今年は左折し、100メートルのスタート地点からトラックへ!逆走しゴールを迎える。バックには富士山があり、ゴールシーンを盛り上げてくれる。(かなり真っ暗になってきたが・・・)
トラックでは手を繋ぎゴールの練習。そして
『前後のランナーと間隔を空けるんですよ!ゴール写真の為に!あと下は向かないように!(笑)』
競技場内ではナンバーカードから名前を呼んでくれている。最終コーナーで自分の名前が呼ばれ『は縲怩「!』と大声で叫んだ!
そして2009年チャレンジ富士五湖112キロのゴールを迎えた。
112キロ 14時間21分34秒

応援の大観衆に迎えられ最高のゴールを切ることができた!
タイムもアート鈴木に似合わない自己ベスト更新だ!
(07年14時間27分51秒)ゴール後、小関さん、Sさんとガッチリと握手を交わしお互いの完走を祝った!
また河口湖で抜いてしまった逢坂さんも時間内にゴールすることができ、
石橋君、永山君、美佳さんと全員が112キロ・100キロ・72キロで完走と言う結果となった。


ゴール前はたくさんのお客さんにも会うことができた。クリニックに参加して頂いた方や、楽天ブロガーの方、各地のウルトラで会ういつもの仲間との再会が嬉しかった。ゴール後、着替えの為に体育館に向かうのに30分近く掛かったが、たくさんのふれあいと完走できたことに興奮していた。
着替えも終わり荷物を片付けていると、一緒にゴールしたSさんが声を掛けてくれた。こちらは名刺を渡し、Sさんは名前入りのナンバーカードをくれた。山梨県のSさん、毎年富士五湖で会えるでしょうね!
翌月曜日から仕事だったのでSKINSに履き替えすぐに車を走らせた。体調的には少しだけ力石モードになったが、問題なかった。車中は皆疲れているのに寝る人はなく興奮していた。
お腹も空いていたので22時に武蔵浦和に到着し『餃子の王将』で打ち上げをしようと思ったが、22時閉店で間に合わなかった・・・。
後日打ち上げとし解散した。
今回のチャレンジ富士五湖112キロを振り返って。
体調面はまったく問題なかった。昨年の教訓を生かしレースに望んだ結果だ。大会に向けての練習は3月の24時間走で138キロ。その後はウルトラマラソンクリニックでのランが1回。これを機に帰宅ランを再会。4月のクリニックと帰宅ランを4回行い、大会を迎えた。
正直3月末のクリニックではカラダが動かず不安になった。しかし帰宅ランを、初めはへばりながらも徐々にペースを上げ、繰り返しことで安心感を得ていた。超ロングの練習は今回は24時間走でカバーした。
今回特に意識して行ったのは補給面。前半から積極的補給。カーボショッツ10本・オキシショット大を主食とした。エイドにはエネルギー系の食べ物は要所のポイントにしかなく、途中の補給は自ら携帯したものを摂ることでかなり疲労を抑えられた。
80キロ以降100キロまでの力走は、70キロ以降落ち込みがあったにも関わらず、キープできたのは補給がしっかりとできたからに間違いないと感じている。大会に応じて量は変えれば良いと思うが、カーボショッツ6本とオキシショット200mlは基本になりそうだ。
レース全体の組み立てに関しては、タイム的にみると50キロで貯金は作れなかったのは反省材料。これはサロマ湖に向けて基礎スピードを研く必要あり。68キロでの休憩15分の使い方はもう少し減らせたかな?来年以降は8時間25分では本栖湖周回に向かいたい。
後半の95キロ過ぎから112キロまでのリカバリーは距離表示の不備などがあり、通常時よりかなり頑張った。距離さえしっかりと合っていればもう少し遅いゴールだったと思われる。
最後にウエアリング。今回も肩バランスアップシャツをベースに前半戦。後半は前半プラスX-FITHOTのロングスリーブを重ねた。
思ったよりも朝の冷え込みもなく、本栖湖の奥でも風がなかったが、やはり帰り道の風が冷たく感じられた。モンベルのULジャケットが見つからなかったので、いつも帰宅ランで使うアシックスのジャケットを持ったが、モンベルより暖かったので良かったようだ。
サポートグッズとして活躍したのはやはりレモテープ。足裏・腰と途中のエイドで貼り直したが、かなり楽だった。下肢に不安はなかったが、緊急に備えて持っていると役立つ。
いろいろと準備をして望んだチャレンジ富士五湖112キロ。
走る前はリタイアするものか!と昨年の反省を胸に走っていたが、やはり途中で気持ちの切れてしまう部分があった。いつも通りでも、やはりコースや天候に左右される部分も大きい。
暑いのは苦手とか坂が苦手とかあるが、結局走るのは自分なのでそれなりの努力をしないと走れないのだ。練習してきた自信が切れない気持ちに繋がると思った。もちろん絶対に完走するんだ!と言う強い気持ちも重要だ。
特に今回西湖を終えた坂の途中で会った石橋君の気持ちは凄かった!会った直後は泣きっ面。しかし前を見据える目はまだ諦めていなかった。最後のゴールを一緒に迎えることはできなかったが、最高の笑顔でゴールしただろう。また最後みんなで撮った集合写真にも嬉しさが込み上げている。見ているだけでこちらも涙を誘われてしまう。
一緒に走った時間が長い程、共有できる部分がたくさんある。次は自分の気持ちだけでゴールできる強い石橋君に変われたはずだ。彼の完走記も楽しみにしたいと思う。
最後に朝から応援で回っていた方、途中で声を掛けて頂いた皆さんありがとうございました。ウルトラマラソンはボランティア含め、たくさんの人に支えられて走らせてもらっていると感じています。またお世話になります。
ありがとうございました!

しかし失敗したことが!
スーパーフィートの購入を忘れてしまい、仕方なくブラックのスーパーフィートをシューズに入れたところ・・・幅が合わず見事に棚落ち状態に・・・なんとか踵で合わせ、ズレにくいようにした。
もう一つはモンベルのULジャケットが見つからなかったこと・・・4月のウルトラマラソンクリニックで持ち運んだが、その後家の洗濯機に入れた覚えがあるもののない!仕方がないので、アシックスの愛用のクロスジャケットを用意した。
ジャケットに関しては朝の気温からして前半は必要ないと判断!本栖湖に預け後半の気候によってピックアップを判断することにした。
後半のスタイルは、肩バランスの下にX-FITHOTのロングスリーブを重ねた。結局ジャケットは腰巻きにして本栖湖をスタートした。
ウエストポーチの中身はかなり吟味して最高の組み合わせになったと自負している。
エネルギーの主力にはカーボショッツ!こちらはフラスコに3本入れてさらにベスパハイパーを混ぜる。このフラスコを2本(1本は後半用)。そしてカーボショッツの味の変化にワイルドビーンを4本(2本は後半用)。お腹に貯めるアイテムとして、ベスパオーガニック2つとパワーバーを1本(8等分にして2回分)。さらにミネラル対策にスポーツミネラル2袋。そしてクリニックなどでは仕入先の状況が不安定だったのでご紹介できなかったが、アート鈴木の必須アイテムオキシショットを100mlに移し替えて2本(1本は後半用)を詰め込んだ。
プロテイン+グリコーゲンリキッドは着替えの49キロと68キロに預けた。
ではレースを振り返ってみよう。
午前4時30分スタート!昨年は準備に手間取ったので、今年は余裕を持ってスタートラインに並ぶことができた。
100キロ参加の仲間やお客様と写真を撮り、気持ちを盛り上げていった。

いざスタート!明るくなり始めた空を見上げると正面に富士山が見える。
一日天気は良さそうだ。2キロも行かないうちに下りに入るが、ここはしっかりマイペース。
周りに流されないようにVanさんと並走。やはり例年通り全体的にペースが速い。約400名のランナーが走っているが、後方1/4の位置取りで6分半ペースだ。シューズとインソールの棚落ちが若干気になるが、集中すれば違和感も感じない。いずれ問題なくなるだろう。なるべく他の事を考えるようにした。
5キロ 32分12秒

下り中心だったので許容範囲だ。給水ではリズムを重視でパス!まだまだ5キロですから。
その先に国道を渡る信号があり、赤になるのが見えたので歩き、富士山の写真を撮る。この先道が狭いこともあり急ぐことはない。
忍野八海の入口までの数百メートル国道添いを走るが、すぐに脇道に入り山中湖を目指す。山中湖で15キロなので、1時間ちょっとの計算だ。高低差としては山中湖が高い位置にあるがさほど急な登りが続くわけではない。5キロ刻みで通過ラップだけ気にすることで、距離の経過も気にならず走ることができる。
10キロ 1時間03分29秒 31分17秒
ここは、ファナック通りにあるエイド。ここでは本店の時によくご利用して頂いたOさんがボランティアをしていた。骨折してしまい、今回は不参加。
ボランティアご苦労様です!
1時間を経過したのでカーボショッツを1本。眠気覚ましのワイルドビーンだ。カフェイン入りの為、乳酸分解などにも効果があり、コーヒー味なので朝にはピッタリだ(笑)。特にカフェインには利尿作用があるが、運動時には抗利尿ホルモンが分泌されるので、トイレが近くなることもない。こまめなエネルギー補給でペースダウンを防ぐ。
前日の下見のおかげもあり、コース全体をイメージしやすくなっている。山中湖が近づくにつれて風が少しずつ出てきた。まだカラダを冷やすほどのことはないが、これが後半になって影響があるだろう。

山中湖に到着するとまもなく15キロだ。しかしトイレに行きたくなってきた。
これは毎年の事。昨夜の大量の夕飯をここで処理しておかなければ!(笑)山中湖の湖畔にはトイレがたくさんある。
2つ目のトイレに入るが、一歩違いで2つある洋式トイレが埋まってしまった・・・。休憩と考えストレッチをしながら待つこと5分・・・。
以外と長かったけど空きました。自分の所要時間は3分少々・・・気持ちもスッキリ!!カラダもスッキリ!!さあスタートだ!!そして15キロへ到着。
15キロ 1時間43分30秒 40分01秒
トイレタイムに約8分と言うところで走るペースは変わっていない。これでOK!20キロの計測でペースを確かめれば問題ない。
15キロを前に30分遅れでスタートした100キロランナーが追い抜いて行った。昨年よりもハイペースなようだ。この富士五湖は追いかけられる展開なので、自分のペースは遅くないのに、どうしても急かされてしまう。前半オーバーペースになりやすいのもそういったのが原因だ。
湖畔の賑やかな所を抜けると細かいアップダウンが続く。全く平坦よりも変化があって走りやすいコースだ。
気温の表示があった。9℃だ。
体感はそれほど寒くない。風も強くないので汗ばむくらいの陽気となっている。

そして18.1キロ撫岳荘前のエイドに到着。こちらにはお吸い物があり、汗で出てしまった塩分を補給することができた。
また温かい飲み物がカラダに嬉しい。するとそこへ、昨年途中まで一緒だった安田さんが登場!!
朝3時に電話を頂きすでに駐車場に入っていると言うことだったので当然前を走っているだろうと思っていた。
『6分遅れでスタートです・・・準備に手間取っちゃって!』表情はかなり険しい・・・。
『今年は先に行ってますよ!追いついてくださいね。』
しばらく進むとコースが変わり、サイクリングロードへと抜けるコースになっていた。
昔より整備されて走りやすい。そして20キロに到着!!
20キロ 2時間16分56秒 33分25秒
エイドを含めての時間としては問題ない。カラダも動いているし、足の違和感などはまったくなかった。
この先、ママの森付近で山中湖最大の登り坂がある。
距離にして1キロもないが、ここをしっかりペースを刻めるかも、体調を把握する上でポイントだ。
頂点にエイドもあるので、しっかりと腕を振って到着。2時間を経過したのでカーボショッツをフラスコから摂る。そしてさらにオキシショットを注入した。
後ろから来る100キロランナーの中には知り合いの方がたくさん!みんなこの辺りで先に行くということはキロ6分を切るぐらいのペースですね。
湖畔に戻るとサイクリングロードを走るようになる。
昨日の下見では道路の水溜まりが、ランナーの走る方へ飛び散っていたが、すでに水は引いてその心配はない。

富士山がまた正面に廻ってきて、少し雲に隠れているけど気持ちも晴れやかになる晴天!
そして25キロに到着。まもなく山中湖ともお別れ。
25キロ 2時間50分35秒 33分39秒
まだまだ余裕はあるけれど、なかなか貯金が貯まらない・・・。トイレを考えると50キロの5時間50分以内は微妙だなあ・・・。
まずは30キロまで様子を見よう。
山中湖を離れ27キロの脱ぎ捨てポイントに差し掛かる。こちらで預けるにはナンバーを書いて袋に入れなければならない。
風も一層強くなっているので、毎回のことだが横目に見てエイドだけを利用した。
国道まで戻る道は車も少なく下り坂。
30キロ手前にあるトイレに駆け込み、用を足す。
30キロ 3時間23分42秒 33分07秒
この先のエイドは国道の信号手前。その先は富士急ハイランド近くのおにぎりエイドだ。
貯金は7分程度だが、ペースも安定している。再びカーボショッツを摂取!併せてオキシショットも流し込んだ!
基本的に並走して走ることはあまりない。
エイドに到着すると後ろから追い付いてくるお客さんに声を掛けられ、先に行かれてしまう。
エイドでの会話も楽しく、今回は抜き際に『アート鈴木さんですよね?ブログいつも見てます!』の声が多く嬉しくなった。

国道に戻ると道幅が狭くなり歩道の段差が走りにくい。また信号もあり、交通量も増えてくるので立往生も出てくる。ここからは池袋店に準備に来てくれていたお客さんと一緒に縦列で走りだす。 浅間神社を過ぎると72キロランナーが合流し、ますます渋滞が激しくなる。その中にもお客さんを発見しては『鈴木さん、いまどこにいるの?』『池袋なんです!よろしくお願いします!』の会話が続く。
35キロ 3時間59分10秒 35分28秒
信号待ちも数回あり35分をオーバーしてしまった。しかし、ペースを上げることはしない。
まだまだ貯金はあるのだから!
そして待ちに待ったおにぎり&味噌汁エイドだ。いつもランナーを楽しませてくれるお兄さんに会いたかったのだが声がしない。見るとランナーがたくさん集中するおにぎり&味噌汁コーナーで黙々と作業していた。
なのでこちらから『このおにぎりってノリコさんの握ったやつですか?(笑)』と聞くと『そう!良くご存じで!俺のおふくろノリコが握った握り飯だよ!50キロくらいになったら、ノリコを思い出すよ!味噌汁も美味しいよ!あの頃を思い出すよ!』と、エンジンが掛かったようだ!
3年前からこのお兄さんに出会い元気を貰っている!ちょっとしたことなのだがボランティアの方の気遣いが嬉しい!ありがとうお兄さん!

国道を離れ河口湖大橋に向けて信号を渡る。この先は歩道も広くなる。
72キロ・100キロランナーが元気なため、キロ7分で走っても置いていかれる状況だ。しかしペースが遅いわけではないので、流されず走る。
40キロ 4時間36分59秒 37分48秒
おにぎりタイムを考慮して許容範囲。トイレ休憩はまだ考えなくて良いので、次の5キロで35分以内を刻めるはずだ。そして河口湖大橋に差し掛かる。この付近には楽天ブログの方々がいそうだなあ?と思ったらやっぱりいた!
知っている方の応援は力になる!まだ朝の9時頃だというのにありがとうございます!
河口湖大橋にはオールスポーツの撮影ポイントがある!
富士山をバックに撮ってくれるのだ。こんな写真!

この先河口湖は自分的には苦手な所。
幾度もある湖畔のコーナーを行けども行けども景色は変わらず・・・考え方として着替えエイドが50キロ地点なので、約9キロ×7分だと1時間で終わると切り替え、景色は楽しまず集中した。
エイドには欲しいものがなかったので、カーボショッツとオキシショットに加え、パワーバーを一切れ食べてお腹を満たした。
暑さでくっついていたが、バー状で食べるよりは食べやすく携帯もしやすい。
フルマラソンの表示はないが大体5時間くらいの通過。
45キロの表示は右側に出ているのを下見で確認していたので、そこでペースを確認しよう。
45キロ 5時間11分10秒 34分11秒
あと35分頑張れば河口湖も終わり、そして1つめの着替えエイドにはスペシャルドリンクを用意している。気温も上がってきたが、風が段々と強くなり汗はすぐ乾いてしまう。
昨年立ち寄ったトイレを横目に見ながらペースを刻む。今までトイレは2回。
この先は西湖の終わりにあるトイレに駆け込むのがいつものパターンだ。足和田ホテルが見えてくるとまもなく峠だ!
いつ来ても長く感じる。そして先は急だ。直線の先にある小学校まで走り切るぞと思う気持ちと裏腹に、あの横断歩道までかな?と弱気になる。
歩いても走っても変わらない速度だが、時計に目をやると5時間50分を過ぎていたので、なんとか走り切り西浜小学校に到着した。
50キロはこの少し先。このエイドには荷物を預けているが、中身はスペシャルドリンクだけだ!
時刻はまもなく午前10時30分。6時間も走っているのにまだ朝だ(笑)。10キロのエイドでお会いしたボランティアのお客さんと再会!『まだ余裕ですね!』『いやいや、キチキチです。』他にもサロマ湖参加のアキラさんやたくさんのお客さんなどにも会うことができた。
スペシャルドリンク、今回は2回分。49キロと68キロに用意した。ここから先は57キロにうどん、本栖湖68キロにも充実したエイドがあるので、2回目のスペシャルドリンクをどうするか考えながらスタートした。
西浜小学校を離れると急な登りがまだ続くところで50キロ・・・。
50キロ 5時間55分15秒 44分04秒
エイドでは5分くらい話をしたり、スペシャルを作ったり、補給したりで結構時間を費やした。
まあ許容範囲の遅れなので、次のラップで修正しよう。峠の急なヘアピンカーブを曲がり、緩やかな感じになったところで走り始めた。
頂上にはトンネルがあり、その先が西湖だ。
スペシャルだが、本栖湖の到着時にピックアップするのが妥当。ここには後半用の着替えが用意してある。
これを着替えずして12キロを走り80キロを迎えられるだろうか?着替えだけでなく、後半用の補給食も入れ替える予定だ。
こんなことを考えていると西湖の走りは安定してくる。
しかしここへ来て風がランナーの前に立ちはだかった!突風に近い風がコーナーを曲がる度に吹き荒れる!
前を行くランナーは皆、前傾姿勢になっていて、今にも倒れそうだ!
そして皆、帽子を押さえカラダが押し戻されている。毎年風の強い西湖。帰りはこの方向で追い風になればいいなと期待した。
風の影響を受けながらも西湖は順調!
写真ポイントもありお客さんランナーと集団で走りペースを作る。会話はあまりないが、カラダで対話している感じだ。

55キロ 6時間30分57秒 35分42秒
西湖の終わりが見えてきた。『自分はトイレに!』4人くらいの集団が個々に分かれ、同じようにトイレへ行く人、少しでもアート鈴木の前にと先を急ぐ人、それぞれだ。これがウルトラには大事!
併せることも疲れてしまうので、リズムが良い時にはリズムを重視しよう。
ここからうどんエイドの野鳥の森までは約1キロの登り。
50キロ以降はキロ8分以内ならば貯金なのだが、うどんを食べることで時間を費やすのでしっかり走りながら進む。
緩やかな下りに入るとその先にうどんがある。毎年うどん渋滞が発生し、ランナーの列ができる。その列が見えてきた。

こちらのうどんはこの渋滞に急かされてか?
少し半生の状態が多い(笑)。それでもお腹に溜まるうどんと汁が美味しい。あまり長居はしたくないので先に向かい歩き始めた。
シューズの紐を直そうとした時、いつもサロマ湖で一緒のへろへろの応援隊が声を掛けてくれた!ありがとうございます!今回は家族の応援がないので心強い!
うどんエイドから国道まではまた登りが中心だ。走れない登りではないのでゆっくり進む。この辺りから100キロ・72キロだけでなく112キロのトップランナーも戻ってくる!まるでフルマラソンのようだ!こちらはまだ60キロ手前。
本栖湖を廻るのさえうんざりなのに・・・。国道に戻るとその先は緩やかな下り坂。精進湖までは登りはない。
向かい風も木々に覆われているので、気にならない場所だ。
青木ヶ原樹海大橋に掛かると吹き荒れるだろう。60キロを迎える前に給水所がある。
食べ物はあまりないのでサイダーだけ飲んでスタートした。そして樹海大橋へ!するとカラダに異変が・・・!
気持ちが悪くなってしまったのだ!お腹にうどんやらサイダーやら溜まっている感じが強い。このケースは初めてではない。
消化吸収が間に合っていないのだ。
この場合、自分は胃を押して少し逆流させたり、ゲップをすることで解消できる。
しかし今回はなかなかゲップが出ずに気持ち悪さが先行した。下りにも拘らず走れない。
まずはお腹をさすり・・・最終的には戻したりはせずゲップで気持ち悪さは治まった。
60キロ 7時間18分32秒 47分35秒
標識通りにタイムを計ったのだが、ずいぶん掛かり過ぎな気もする。橋を渡りきり赤池のエイドで『ここは何キロですか?』と確認するも、分からないと言う状況だった。
仕方なく気持ちを切り替えて走り出すここがまだ60キロ過ぎならば、本栖湖まではあと8キロ。
約1時間掛かる。まずは本栖湖に到着すれば確認できるので、先を急ごう。この先のエイドは精進湖の終わりに国道に戻るまでない。
5キロ先となるはずだ。
65キロ 7時間58分25秒 39分52秒
赤池のエイドを含みこのタイム。と言うことは表示通りの距離であっているようだ。
エイドではウエストポーチの中身を確認する。フラスコのカーボショッツはあと少しと1本別に入っている。オキシショットはあと1/3程度。かなり積極的に消費してきた証拠だ。ここではカーボショッツのフラスコ分とオキシショットを摂った。
残りは3キロ!もうすぐ本栖湖だ!国道を渡りやや登りの道を行く。折り返しのランナーも増えてきた。
65キロの通過から考えると、3キロ21分で8時間20分経過。
本栖湖は68キロで、回り切って80キロだ。本栖湖1周は頑張っても1時間25分は掛かる。
80キロを10時間で通過するには到着してすぐに出発してもギリギリだ。昨年の失敗を繰り返さないためにも、先を急がず8時間30分の出発を決めた。
本栖湖に向かう道は1人旅だった。前を行くランナーはいたが、並走するランナーもいなかったので集中して走ることができた。
本栖湖に行く地下道を過ぎまもなく68キロ。時間は8時間20分を経過したところだった。
下りに入り再び楽天ブロガーの皆さんから応援を受け、エイドに到着した。