新しい年、2012年がスタートしました。今年もスポーツを通してたくさんの笑顔に出会える事を楽しみにしています。
そして、皆様のスポーツライフのお役に立てるような指導、活動を継続して行きたいと思います。
私は今年27回目のシーズンインを迎え、現在はベーシックなトレーニングで汗を流す日々が続いています。
「焦らずじっくりと」を忘れる事なく自分のペースでトレーニング、仕事、プライベートを充実させて行きたいと思います。
今年の最大の目標、45歳で迎える日本選手権で満足の行くレースが出来る事を今から楽しみに1日1日を大切にして行きたいと思います。
どうそ、今年もよろしくお願い致します。
湘南ベルマーレトライアスロンクラブ
コーチ 中込英夫
2011年シーズンも先日の日本選手権で終了しました。そして、来年はいよいよロンドンオリンピックを迎えます。
思えば私も12年前は競技生活の集大成をシドニーオリンピックで迎えて引退を考えていました。しかし、オリンピック出場は叶わず、気持ちの踏ん切りもつかないまま2004年の日本選手権で競技の心を消すことにしたのです。それからは、指導者に専念する事で競技と言う視点でトライアスロンに参加する事はなくなり、成績が気にならない楽しいトライアスロンに出会うことが出来ました。だから今でも結果を気にせず参加できる日本選手権は私にとって最高の贅沢を味わう一時なのです。
さて、そんな競技時代ですが今思うといろいろなレースに参加してきました。中でも貴重な写真が残っているレースを記憶をたどりながら皆さんに紹介して行きたいと思います。
今回は1990年に開催された「全米選手権」です。
このレースは1990年の国内ランキング上位選手をNTTが派遣してくれました。
場所は「アメリカ ラスベガス」
しかし、レースが開催されたのは街の中心から少し離れた砂漠の中。と言うのもご存知の通りラスベガスは砂漠に出来た街なので、皆さんが知っているカジノが集まるホテル街から一歩出るとそこは砂漠なのです。
このレースは当時世界で最もレベルの高いレースとして注目されていました。世界選手権も1989年から開催されていましたが、1国最大6名と決まっていたので、アメリカなどは上位6人以外にも世界で通用する選手がたくさんいたのです。そんなレースに当時まだまだ世界のレベルと比較すると大きく水を開けられていた私を含む日本選手が参加。
結果はレースの多くを最後尾近くで進める事になるとても残念な結果だった事を覚えています。スイムでは周辺に多少選手がいたものの、バイクに入ると選手の姿はほとんど見ることができず、ランニングに入れば遠くにちらほら見えるほど・・・。同じ年の世界選手権では中盤程でフィニッシュを迎えられた私はとてもショックを受けた記憶があります。それでも今思えば良い経験が出来た事に感謝しています。
このレースの前日、バイクはトランジッションに委託しなければいけませんでした。地元の選手はなぜかバイク全体をビニールで被せていました。今夜天気が悪くなるのかな? なんて当時はバイクを被せるビニールの理由を聞かずに日本選手はバイクをそのままの状態で置いておきました。
そしてレース当日!? バイクを見ると変速機が砂で覆われているではありませんか!!ここは砂漠!夜になって風が強く吹き付け、バイクの変速機、チェーンに砂が溜まっていたのです! ここでようやく前日にバイクにカバーを掛けていた理由が分かりました。
私の自転車は無残にもチェーンが回らないほどしっかりと砂が付着していました・・・・。仕方がないので練習用に持参したホイールに急遽取替、そして、時間が許す限りチェーンの掃除を行なっていました。そんな事も今思えば良い?思い出です。
宿泊はもちろんカジノ街のホテル。部屋に出入りするには必ずカジノを通らなければいけないのですが、誰もジャージ姿はいません・・・。
そんな、ラスベガス、当時の世界最高峰のレース、記憶をたどってみました・・・・。

写真1>>スイムは湖。バイクトランジションまではダラダラと続く昇り道。

写真2>>ほぼ一人で走り通したバイク。

写真3>>フィニッシュには大勢の応援。
今年の夏もそろそろ終わり・・朝夕は秋の気配も感じる季節となりましたが、トライアスロンシーズンは9月もビッグレースが続きます。そして、暑い夏の時期に行なったトレーニングの疲労感も強く感じているかたも多いのではないでしょうか?トレーニング、栄養、休養のバランスを崩さないで今年の日本のトライアスロンシーズン終盤を楽しく行きましょう!
さて、今回は最近では当たり前のようになっているトライアスロン専門のレースウェアーについて少しお話を・・・
1980年代のトライアスロン初期の頃は当然専用のレースユニウェアーなどあるわけがなく、下は競泳用の小さな水着、上はランニングシャツの下を切ったものを使用していました。

ウエットスーツを着用していなければ、選手はスイムから上がってバイクに置いてあるウェアーを着用してからバイクに乗車します。エリートレースではウェアーの素早い着用テクニックがレース結果にも影響を与えていたくらいです。
また、アメリカやオーストラリアなどは上半身は何も着なくても良い、と言うレースも沢山ありました。実際水着のみで行う選手がとても多くいました。これも、今では全く見られない光景です。

この当時の各メーカーは徐々にトライアスロン用としてウェアーを開発していましたが、マイナースポーツゆえにあまり画期的な商品はありませんでした。競泳用の水着をバイクに乗車するということで少しゆったり大きめに、そして上はすぐに着用できるように伸縮性が高く、通気性の良いもの、くらいでした。
そして、エリートクラスなどでは水温の関係でウエットスーツが着用出来ないレースも増えてきたことを受け、はじめはヨーロッパ方面でトランジットの短縮を狙った準備として水着の中に予め上のウェアーを畳んで入れておき、スイム終了後バイクに向かう途中引っ張りだしすぐにバイクに移るような事もしていました。

この方法を日本ではじめてレースで試したのはなんと、私なのです。1995年日本で開催されたワールドカップ蒲郡でレース前にこの情報を仕入れ、そのレースで実践したのが私1人でした。先頭集団から少し遅れてスイムアップした私はこの「技」を使って見事スイムの遅れを取り戻し、先頭集団に入りついでにバイクラップも1位を取ることが出来ました。この当時、日本選手がバイクラップトップを取ることなど絶対無理な時代でしたから驚きました。しかし、この後この「技」は急速に広まり世界中のどこのレースでも行われるようになり、スイムの出遅れを取り戻す事は出来なくなりました。
そんな、今では考えられなかった方法がさらに進化して今のワンピースのスタイルになるのですが、その原点とも言うべき光景が1994年のニュージーランドで開催された世界選手権でした。
男子エリートのニュージーランド選手がなんと、女子用の水着を着用してレースに参加していたのです。当然、泳ぐためのユニフォームなので抵抗は少なく動きやすいものです。今は当たり前ですが、当時は男子選手がワンピーススタイルなどと言う発想はなく、私にとっても周囲の選手にとっても驚きの光景でした。
そして、徐々に改良され今のスタイルとなったのです。
私の競技選手時代のほとんどは水着+ウェアーというものでしたから、20数年の中で常に進化したトライアスロン用具の一つと言えるでしょう。いまでは、大人だけではなくキッズやジュニアのための専用ウェアーもあるので当時を知っている選手から見れば羨ましい限りです。
あっという間の梅雨明け、そして連日続いた猛暑日?・・
そして、夏も終わり? を思わせる7月下旬です。セミの強烈な鳴き声も聞かず、ヒグラシが泣き始め、日の出も何だか遅くなり、9月下旬のような季節です。
でも、これからがトライアスロンシーズンです! 国内でもビッグイベントがたくさん残っています。9月には愛知県でハーフアイアンマン、延期になった横浜世界選手権シリーズ、ロングでは佐渡、10月は日本選手権とまだまだ続きます。
さて、トライアスロンに限らずマラソンやロードレースなどでもレースに参加すると参加賞を頂ける事が良くあります。多いのがレース名と協賛企業の入ったTシャツです・・・
そして、私がトライアスロンを始めた頃はTシャツではなくて、大きなタオルが毎回フィニッシュすると頂けました。なので、当日はタオルが家に数十枚・・・なんて事もあり未だにタオルは買う必要がないくらいです。
その中でも貴重なタオルを倉庫の奥に眠っていたので紹介します。とても貴重なものもあります・・・
〔1〕1999年第15回天草国際トライアスロン

51.5kmオリンピックディスタンスを日本国内で初めて開催した熊本県天草大会の第15回記念大会の時のタオルです。翌年に初のオリンピックを控え、私も現役終盤のベテラン選手として参加。天草にはこれまで19回出場しています。今でもフィニッシャータオルあるのでしょうか?
〔2〕ITU世界選手権(1991年オーストラリアゴールドコースト)

当時の世界チャンピオンを決める大会。ITUの管轄で行われた第3回目の世界選手権。第1回が1989年だったので、今年で22回目かな?その中でも優勝争いが最も印象に残っているレースです。最後の直線100m付近まで4名の選手が団子状態。そこから抜け出したのが、地元ゴールドコースとのマイルススチュワートでした。1989年から一緒にトレーニングを行なっていたこともあり衝撃的な優勝でした。
〔3〕北京国際トライアスロン

たしか1990年と1991年に開催された大会タオルです。北京に到着後はVIP扱いでバス移動も全て白バイの先導付き、ホテルまでノンストップ。人民大会堂での食事や表彰など今では考えられない待遇でした。ホテルもベッドが4つある部屋に1人ずつ。日本のテレビも入り、録画でしたが週末のゴールデンタイムに放映した記憶があります。このタオル持っている日本人は少ないでしょう・・・日本からの参加は当時のトップ選手男女合わせて10名くらいでした。
〔4〕1994年ワールドカップ大阪ウォーターフロント

この大会が世界で初めてドラフティング許可レースになったのです。今の関西国際空港が開港する前に記念イベントとして1回限りの開催でした。ドラフティングを許可すると言う説明が前日の競技説明会で行われ、当時はドラフティングに反対する選手が多くいました。スムーズに説明会は終了せずに翌日のレースを不参加とした選手もいたくらいです。今となっては当たり前のルールですがいろいろな変化を遂げて今のスタイルになったということを考えるとこのレースは忘れてはいけないなと思います。
この他にも数枚ありましたが、貴重な?国内で持っている人が少ないだろうな、と思うタオルをピックアップしてみました。私も数年ぶり?もっとかな、改めて見ると当時のレースが思い出されます。
これから参加するレースやイベントでもその後、貴重な参加賞になるものがあるかもしれません。皆さん、気に入ったものは家の奥にそっとしまって置いておきましょう。そして、数十年後、引っ張り出すととても懐かしい記憶が蘇って来るかも知れません。
梅雨を前に一年で最も快適に過ごす事が出来る季節になりました。皆さん、トレーニングは順調に進んでいますか!?
さて、前回まで2回にわたりオーストラリアでのキャンプの様子をお伝えしてきました。今回は最終回で、実際にどのようなトレーニング内容だったのか?を記憶をたどりながらお伝えしたいと思います。ただし、「記憶をたどりながら」なので、全てを思い出す事は出来ませんが、印象深いトレーニングをいくつか挙げてみたいと思います。
さて、オーストラリアのトレーニングで印象深く記憶に残っているのは…
1.毎週末に行った「トライアスロン」のトレーニング
静かな街並みの中にある公園の湖を使って、ショートトライアスロンを数本行います。スイムは200mから長い時は1,500m、バイクは公園の周りが1周回3kmほど、信号は全くなくDHポジションでがんがん走れます。ここをレースペースで1周回~4周回ほど。ランニングは500m~2km。この距離をいろいろ組み合わせて行います。
いつでもトライアスロンが自由に出来る環境に驚きました…。
(余談)ある日、スイムから上がってきてバイクに乗ろうとした際に妙にバイクシューズに足が入りにくいと思ったら、スイムを行っている間に、現地の選手に左右のバイクシューズを逆に付けられたようでした…。たまには、悪ふざけもします…。

【手軽に参加できるレースが毎週開催されています。写真の湖もすぐ横には民家が並んでいます。
いつでも気軽に泳ぐことも出来る環境は日本には中々ありませんね…。】
2.早朝レースペースバイクライド
ゴールドコーストの中心も走る早朝レースペースバイクライド。レベルが同じ選手が集団を組み夜明け前の薄暗い中、コーチの「Max Go!」の声で集団ごとスタート。朝イチにも関わらずほとんどアップなしで、現地の選手たちは時速45kmほどに達し、ローテーションして40kmを走り抜きます。最も速いグループは平均45kmにも達する事があります。そして、7時にはそれぞれ自宅に戻り、会社や学校に向かうのです。なんとも短時間で質の高いトレーニングをするものです。当初は朝イチだったので身体が思うよう動かなかったので、ひとり早めにアップを済ませ合流したものです。
(余談)初めて行ったとき、レベル的にはバイクは先頭グループに入る事が出来ませんでしたが、たまに入れてもらった時は「真っ直ぐ走れ!」と怒鳴られていました…。力もテクニックも未熟でした…。
3.オーシャンスイム
スイムの基本はプール(50m)ですが、川や湖、海でも頻繁に泳ぎました。その中でも海は怖かった! 日本では絶対にトレーニング、ましてやレースであれば即スイム中止となるような高波の中でも平然と泳ぎます。私は途中、波のてっぺんから下に落ち、波に飲み込まれた事があります。日本では経験した事がないとても長い時間、波の中をグルグルと回りながら半分溺れていました…。そして、初めて海が怖いと思い、情けない事に途中で海を後にした事もありました。そんな荒れた海でも、現地の選手(決してエリートだけではなく、一般の選手も含む)は平然と泳ぎきってしまいます。指導も大雑把で「あそこの目印からあそこまで往復してこい!」などと言われます。日本では決して行わない環境でもやってしまうのがやはり強さの秘密?でしょうか。
4.バイクロングライド
ゴールドコーストはイメージ的に山があまりないように思われますが、ほんの15kmほど内陸に行くと日本では体験できないような斜度の山がいくつもあります。そして、道も日本のようなきれいな舗装路ではなくゴツゴツとした粗いアスファルトがほとんどです(なので、よくパンクもしました)。そんな悪条件の中、100~150kmのロングライドに行くのですが、現地の選手たちの上りの強さは十分分かっていたのですが、テクニックに大きな差がある事も痛感しました。
ある日のロングライド、頂上で全員が集まり下りを一斉にスタートしました。その当時日本からも数人選手が参加していたのですが、コーナーを迎える度に現地の選手に離され、必死について行くとなんと全員が1コーナー1コーナーで落車…連鎖的にコーナーは怖くて日本選手のみ取り残されてしまいました。走力のレベルが違う事は分かっていましたが、テクニックの差がここまであるとは当時がっかりしたものです。
(余談)ロングライドの途中では1回休憩が入ります。ここで驚いたのは現地の、しかも世界のトップで活躍している選手がコーラの1Lをがぶ飲み、そして妙なお菓子をボリボリ食べているではありませんか!
食とトレーニングに疑問を持ちました…。
5.スイム(プールでのトレーニング)
スイムは50mプールを利用して行いました。早朝5時ごろでもプールにたくさんの人が泳いでいる光景には驚きます。内容は日本のように細かくアップからキック、ドリル、プル、メインセットなどと分かれる事無く、オーシャンスイムと同様とても大雑把。時にはもう終わりかな…と、思った次のメニューが2000m1本など、予測不能なメニューが出てきます。特にテクニック向上のドリルは少なく、長い距離の内容が多かった記憶があります。
(余談)大雑把なメニューもここまでくると…。ある日「今日のスイムは各自2000m1本測って、タイムを紙に書いて提出しなさい」と言われた。実際に行なったのは日本人だけだったようです・・・
6.ランニングインターバル
トラックを使う事はほとんどなく、住宅街で1周400m~1.5kmほどの距離を行います。ただ、何本走るかは事前には言われません。いつ終わるのか分からないので、常に全力疾走です。先週は6本だったからそろそろ終わりか?と思いきや、その倍やると言う事もあるので、やっぱり1本1本全力です。細かい事は気にしないオーストラリアならではのトレーニングなのです。
このような質も量も高いトレーニングを行なっていましたが、毎日が自分の適量のトレーニング量とは行かずに、大きな疲労を常に感じていました。オーストラリアの人たちは出されたメニュー全てを実践することはなく、自分の身体と気持ちと相談しながらトレーニングの一部を抜いたり休みを入れたりして上手く調整していました。日本人は皆真面目なので、与えられたメニューを全て消化してトレーニング満足だったように思います。しかし、このトレーニングを行なった事で、後に自分で考えて自分に合った最適のトレーニングを行うことが出来、日本一になる事も出来たように思います。スイム、バイク、ランというように3種目をバラバラに考える事なく、トライアスロンと言う一つのスポーツとしてトレーニングを行うと言うことを考えさせられたオーストラリアキャンプでした。
皆さんもトレーニングはただきついだけの内容ではなく、強弱を取り入れ計画的に休養を入れて継続した内容で行なって下さい。

【お休みの日には現地の選手とBBQなども…】

【そして、たまに見かけるカンガルーと一緒に…】
-はじめに-
東日本大震災で被害にあわれた皆様に
心よりお見舞い申し上げるとともに、
犠牲になられた方々とご遺族の皆様に対し、
深くお悔やみを申し上げます。
一刻も早い復興と現地の皆様のご無事を
心よりお祈り申し上げます。
中込英夫
日本は4月に入りようやく春の気配を感じる日が続いていますが、オーストラリアは徐々に秋の気配を感じるようになります。朝晩は少し肌寒くひんやりする事もあります。しかし、日中は半袖で十分トレーニングをする事が出来ます。
私がオーストラリアにはじめて到着した時は12月上旬でした。とても暑く乾燥した気候だった事を覚えています。初の真夏のクリスマスも経験しました。本当にサンタクロースがサーフィンをしている現場も観る事が出来ました!
そして、いよいよトレーニング開始! 到着翌日、まずは家の近くのゴールドコーストの海岸をゆっくりと走りました。白い砂と澄んだ青い空、そして、大きな波が繰り返しくる真っ青なビーチは夢のような環境です。
オーストラリアに来ただけで強くなれる! と錯覚してしまうほどの素晴らしい環境でした。
当時の宿泊はすでに現地に滞在していたクラブチームのメンバーが借りたアパートでした。2つの寝室があり、キッチン、リビングと日本でいえば広めの2LDK(車庫付き)といった感じです。家賃は??忘れましたが、日本に比べると安い、という印象がありました。
しかし、ここで問題が・・・・当日はまったく料理などしていなかったので、3食自分で作らなければいけない状況に置かれた時は焦りました・・・ただ、同居していたメンバーが料理の得意な方だったので、一緒に作ってもらう事に、私は片づけ担当になりとりあえず不安材料が解消されました。

この時料理を作ってくれた方は現在、東京で居酒屋を経営しています・・・ありがたい事です。
こんな事もあり、トレーニング同様、料理も覚えて行く事になり、現在は全く不自由なくキッチンに立つ事が出来るようになりました。私にとっては英語よりも死活問題でした。
そして、衣食住がしっかり整えば後はトレーニングを十分行うだけです。とは言え、どこでトレーニングをしているのか、どんなトレーニングをしているのか、今ではインターネットで簡単に検索でき、連絡はメールや携帯電話でと言う事が可能ですが、当日はなにも情報源がありません。日本で仕入れた少ない情報をもとに慣れない海外と言う土地で目的のクラブを探しました。
このクラブは1989年の世界選手権で4位になったマイルススチュワートの父親が指導を行っているクラブです。
そして、スイムを行っているプールを探し、しゃべる事もままならない英語で、と言うよりジェスチャーと単語を並べて「一緒にトレーニングをやりたい!」
と言う事を伝えました。
当時は水泳が最も得意種目だったのですが、当然オーストラリアのコーチが私の容姿を見て水泳がどれほどか? など、見当もつかなかったでしょう。
楊枝のような細い身体に色白とくればどこから見ても弱そうな子供・・・くらいにしか見えなかったのでしょう。
5コースほどあったトレーニングプールですが、最も遅いコースに入る事を指示され、泳ぎだすと隣に移れ、そして、また、隣に・・・を繰り返し、最後は最も早いコースの中で泳いでいました。
すると、今までとは全く違う視線で見られ始め、トレーニング後いろいろと私に話かけてきました。とは言え、英語は??だったので、知っている単語を聞き取りあとはスマイルでコミュニケーションだけはしっかりとした事を覚えています。

そして、バイクやランも現地でプロを目指している選手や先の世界選手権で4位になったマイルススチュワート、その他海外から来ていた選手などと一緒に走る事が出来とても充実した毎日を過ごす事が出来ました。
もちろん、現地でのレースにも積極的に参加しスイムは先頭集団で上がる事もあり、当時ゴールドコーストで毎年開催されるワールドカップでベスト10に入る事が出来る!とコーチに言われ、とても喜んでいた事も覚えています。
ただし、ベスト10とは当時の日本選手から見ればとても入る事など出来ない高いハードルでした。(この当時のワールドカップは毎年ゴールドコーストで開催され距離も51.5kmより少し長く、賞金が良かったので世界中から強い選手が集まって来たのです)ドラフティングレースもない時代、圧倒的にバイクの力の差があった当時世界と互角に戦うだけのレベルではない事を現地のトレーニングで分かっていました。
しかし、人間褒められればその気になり始め、お~世界のトップとレースがしてみたいな・・・と思うようになりました。
まずは、日本一と言う目標がありましたが、オーストラリアのとんでもないトレーニング環境、レースの充実ぶりを体感してしまった私はさらに、トライアスロンの魅力にどっぷりと浸かってしまい日本ではなく世界が目標になってきたのです。
そして、そんな初のオーストラリアの充実したキャンプも日本のシーズンインの時期と所持金が底をつきはじめたので帰国を余儀なくされました。
が、ここで待っていたのは日本に帰国後の倦怠感・・・毎日、量も質も高い練習だっただけに、疲労困憊でその年の日本でのシーズンを迎えてしまい、思うように身体を動かす事が出来ずに、期待した結果を残す事が出来ませんでした。
その当時の私のレベルには量も質もオーバーであり、ただただ毎日のトレーニングに満足感を覚えてしまい、レースの結果につながるトレーニングを行っていなかった事を帰国して痛感しました。
しかし、まったく後悔せず翌年もさらに翌年もと、日本がシーズンオフに入ると単身オーストラリアに向かっていました。
今ではたくさんの日本選手がオーストラリアに行っていますが、私を含めオーストラリアで強くなった選手はあまり見当たりません。自分のレベルに合わせてトレーニングを上手くコントロール出来る判断力が無かった事が原因だったと思います。
1994年それまで冬場に行っていたオーストラリアには行かずに日本で単独でトレーニングを重ねった結果、初の日本一という結果につながりワールドカップシリーズでも上位に入る事が出来、特にバイクの力が付いた事を実感出来ました。これは、自分でトレーニングをコントロールしてその当時の自分自身に最もあった内容を組み立てる事が出来たからだと思います。トレーニングとは良い環境、仲間、良い指導者がいるだけでは結果につながらないのです。自分のマネージメントがしっかりと出来てはじめてそれらを生かす事が出来るのです。
何度も行ったオーストラリアキャンプで学んだとても大きな事です。頭で分かっている事をさらに経験し試行錯誤して結果につなげる事が出来た時は本当に嬉しいものです。
皆さんも焦らず、じっくりと少しずつ前に進んで行きましょう!
寒~い寒い冬ですが、今が大切な時期ですよ!!トライアスリートの皆さん!!
私は選手時代もそうでしたが、今の時期が最も大切なトレーニング時期だと考えています。シーズンの目標とするレースに向けて、年明けから「がんばるぞ!」と気持ちを入れ替えた方も最近の寒さでちょっと休憩中、なんて方もいるかもしれませんが、今はじっくりと時間をかけて、しっかりシーズンを通して動かせる身体を作って行きましょう。
そんな寒い日本を横目に、南半球では今がトライアスロンシーズン真っ盛り!ということで、今回は私が選手時代に頻繁に行っていたオーストラリアでのキャンプ生活をお伝えします。といっても、初めて行ったのが1989年の12月なので、情報としては古いものになってしまいますが、参考までに・・・
私が初めてオーストラリアに向かった1989年は、第1回目の世界選手権が開催されたトライアスロンというスポーツにとって記念となる年なのです。
そして、この世界選手権の代表になったことが今の私が誕生したきっかけです。この年大学4年生だったということで、世界選手権の代表になれたらプロ選手としてトライアスロンを続けて行こうと決め、逆に代表になれなかったら就職しようと決めていました。
結果は今の活動を見れば周知の通り、選考レースで良い結果を出すこができ代表になることができました。
しかし本番では、初の海外での本格的なレースということもあり、自分のレベルの低さを痛感したものとなりました。この時、若干18歳で4位になったのがオーストラリアのマイルススチュワート選手でした。当時は圧倒的にアメリカが引っ張っていたトライアスロン界ですが、そのアメリカの選手と互角にしかも、18歳の選手が活躍していたことを後に知ることとなり、オーストラリアのへの興味が湧いてきました。
そして、その年の年末にクラブチームで一緒だった方がオーストラリアにワーキングホリデーという制度を使って1年間滞在することとなり、現地到着後一通の手紙をもらいました。(当時はまだ、メールや携帯電話などないので封書のエアメールのやり取りでした)
そこには、日本では考えられないような“トライアスロンパラダイス”のようなことが書かれていました。それを読んだ私は居てもたってもいられなくなり、大学の卒業試験が終了した翌日には、半年間のオープンチケットを持ってオーストラリアに向かっていました。卒業が決まったわけでもなく、試験の合格発表を日本にいる友達に頼み、一路オーストラリアに出発。(その後、無事卒業単位が取れたと手紙が来ました。もちろん、卒業式には見向きもせずに、オーストラリアでのトレーニングに没頭していました)
海外に一人で行くのは初めて、現地の情報もほとんどなく、少ない情報でしたが滅茶苦茶興奮して期待しながら行ったことを今でも覚えています。今では海外に行ってもまったく感動しない自分が少し悲しいです・・・
そして、人生初のオーストラリア!
空港に一歩降りると高く、広く、真っ青な空と、車のオイルの焦げた匂いが印象的でした。

若いころの勢いって怖さもなく、今考えると凄いパワーを持っているなと思います。そこから私の人生初の海外キャンプオーストラリアでの生活がスタートします。この初めてのキャンプをきっかけに、1993年まで毎年日本の冬にはオーストラリアに向かうというスタイルができていました。
ちなみに、この当時のエアーチケットは半年オープンチケット。シンガポール経由で20万を少し超える程度でした。今では考えられない高価なチケットです。そして、残りの全預金、といっても学生だったので小額ですが・・・衣食住は安かったオーストラリアに助けられ半年間、所持金が無くなるまで滞在することができました。
次回は現地でのトレーニングと生活をお伝えします。

毎日きれいなビーチ、海、大きくて高い空の中でトレーニングできます!

同じビーチも夕方になるとまた違う表情に・・・

オーストラリアではライフセーバーが充実した活動を行い、
国民の関心も高いスポーツとしても盛んです。

本当に奥が深い空、と言った感じで圧倒されます。
12月に入り忘年会など普段よりも外食する機会が増え、それにつられて体重も増えてしまったと言う方も多くいるのではないでしょうか?
こんな時は割り切って、一年の最後に気持ちを緩めて新年からしっかり食生活に気を使ってもらえれば良いと思います。メリハリをつけたトレーニングを行いましょう!
ということでこの時期、思うようにトレーニングを行う時間が取れなく焦ってしまいがちですが、特別な師走の時期、優先順位を入れ替えて身体と気持ちにストレスを溜めずに楽しんで下さい!
さて、前回はシーズンオフに行うトレーニングとして、フォームチェックをお勧めしました。皆さん時間をかけてじっくりと取り組んでいますか?
今回は、フォームを意識しながらゆっくりと長い時間動くトレーニングを提案したいと思います。皆さんも聞いたことがある『LSD』というトレーニング強度ですが、ゆっくりと長い距離を動くことをメインとした内容になります。
しかし、漠然と距離を延ばすだけではなく、どのような目的で距離を延ばすのか、しっかりと意識して取り組むことが大切です。目安の強度は、少し楽に感じるくらいで動いてみましょう。長い時間たくさんの酸素を体内に取り入れて、しっかりと持久力向上のための土台作りを行います。
スイムでは、ただ長い距離をゆっくり泳ぐだけではなく、25m単位でストローク数を数えてみましょう。長い距離を泳ぐときに大切なのは、ペース設定と一定の運動強度を保つことです。
ペースを一定に保つのにストローク数が増えてしまうと、フォームが崩れたり心拍数が上昇したり、強度を一定に保つことが難しくなってしまいます。
また、泳ぐ距離全てのストローク数を数えるのは大変だと思うので、100m、200m毎に一定のストローク数で泳げているのか確認しましょう。先にも述べたように、フォームチェックやペースを一定に保つ指標にもつながります。
私も強度を上げずに長い距離を泳ぐときには、タイム重視ではなく必ずストローク数を最優先で泳いでいます。そして、ストローク数が無理なく一定になるようになったとき、タイムを意識して行きます。ストレスを溜めない程度にストローク数を確認して、増えているようであればフォームに意識を戻して修正して行きます。それを繰り返していくことで、長い距離を一定のタイムで泳げるようになっていきます。
スイム同様バイクもLSDというと、ただスピードを落として長い距離を乗って行くと思いがちですが、ここでもスピードは優先順位の最後に置いておき、ペダルの回転数と心拍数を合わせていきましょう。特にこの時期は、フロントギアはインナーに固定して、アップダウンを含んだ変化のあるコースを選んで回転数を優先して距離を延ばしていきましょう。まずは、ペダル回転のスキルアップを考えていきましょう。
そしてランニングも、ペースではなく心拍数を優先して徐々に距離や時間を延ばして行きます。たまにはクロカンなど、いつもと異なる環境で時間を忘れて走ってみるのも良いですね!

3種目ともそれぞれ今の時期にやるべきことを最優先に、レースシーズン前のトレーニングにスムーズに移行できる準備をしていきましょう。この時期は、自分のレベルに近い方と長い時間飽きることがないような雰囲気を作り、継続して行うことでトレーニングの効果を期待することが出来るようになります。
シーズンオフのトレーニングは『レースで使うためのフォームとペースの土台作り』という目的を忘れずに楽しく行ってください。
もし、トレーニングを行って翌日大きな疲労感に襲われた時は、強度が強かったと考え、次回は少し強度を落として継続できる内容に調整してみてください。
そして、必ず身体のお手入れ、ストレッチも忘れずに!!

「Keep on sailing!!」
を忘れずに徐々に距離を延ばして行き、継続できるトレーニングを楽しく行い、シーズンに向けたスキルアップを身につけていきましょう!!
今年の猛暑だった夏も今では遠い思い出・・・?というような季節になりました。日の出はすでに6時を過ぎて、私が家を出る頃は満点の星空が迎えてくれます。というのも、朝6時からのスイム指導のため家を出るのが毎朝5時5分。来年の春まで毎日暗い中プールに向かう日々が続きます。
さて、トライアスリートの皆さんもレースシーズンが終了して、今はシーズンオフという時期に入っていると思います。私の選手時代は、4週間ほど完全にトレーニングから離れて気持ちと身体をリフレッシュしていたものです。選手によりオフの過ごし方は異なりますが、私は誰よりもしっかりと休養を取っていたように思います。まったく身体を動かさないで徹底して回復に努めていました。
そんなシーズンオフですが、皆さんはどのようにお過ごしでしょうか。
まずは、身体と気持ちをしっかりと休める事から始めると思いますが、一緒に使った用具もケアしてあげましょう。特に自転車は多くの部品を必要とし、専門知識や技術も必要な道具として消耗品も多数あるので、必ず1年に1度はしっかりと点検、整備をプロに見てもらいましょう。
<アートスポーツANNEX店サイクルがお勧め!!>
そして、自分自身の2010年シーズンを振り返り、今年の目標はどの程度達成できたか確認して、2011年の目標を少しずつ立て始めてみましょう。
>> 目標到達シート
一人でこっそり立ててもつまらないので、チームやクラブの仲間で集まって、飲み会などで来年の目標などを宣言するのも楽しくて良いと思います。誰かに聞いてもらうことで自分にやる気と責任感が出てきます。お勧めです!

やる気が出てきた?!
この時期のトレーニングで私がお薦めするのは「変化」をつけたトレーニングです。通常のトレーニング期で「変化」というと、強度や量の「変化」ということになりますが、この時期は身体が覚えている動作に変化をつけて、身体の使い方を再確認する作業を指します。
特に水泳は、テクニック1つで大きくタイムに影響する種目なので、通常1人で泳いでいる方も、専門の指導者のアドバイスを受けることや水中ビデオで自分の泳ぎを確認して、タイム向上につながるフォーム改善点を見つけてみましょう。
大切なのは、修正した方が良い部分に、いろいろな変化をつけて試してみることです。
例えば、水泳のボディポジションに問題が見つかったということであれば、理想のポジションは水の抵抗を限りなく少なくする姿勢ですが、わざと大きな抵抗を生み進まない、進みにくい感じを体感出来る姿勢を試してみます。
そして、いかに水中で抵抗の少ない姿勢が大切なのかということを確認してから、今度は抵抗の少ない姿勢を探します。この時に「変化」をつけて試してみることが必要なのです。
何度も同じ事の繰り返しでは、修正したいと思っていても実際には変化がないので変わることができないのです。頭の位置、目線、前に出している腕の幅、深さ、いろいろとボディポジションを決めるうえで大切な要素に「変化」をつけて試してみるのです。

さらに、先にも述べたように、自分の感覚だけではわかりにくいので、客観的に見てもらえる環境で変化を試す事が大切です。修正することだけに必死にならずに、修正するにはいろいろと「変化」をつけて視野を広く持って対応することが、シーズンオフにじっくりと取り組むトレーニングとなるのです。
レースシーズンまで時間があり、気持ち的にも余裕がある今の時期にぜひ取り組んでもらいたいトレーニングなのです。
もちろん水泳だけに限らず、バイクもランニングも同様です。水泳に悩みを抱えているトライアスリートの皆さん、このオフはフォーム修正には「変化」を取り入れて、今まで体感したことがない泳ぎを試してみましょう。
暦の上では秋です・・・・と言われても全く実感がない今年の残暑。挨拶も「今日も暑いですね~」「いつまでこの暑さは続くのでしょう・・・」といった決まり文句ばかりです。
今年の夏は目茶苦茶暑い!とてもじゃないけど、日中はトレーニングが出来ないな~
なんて、感じている方もたくさんいる事でしょう。
しかし、トライアスロンは夏のスポーツ! 夏が過ぎるのを待っていては楽しいレースにも間に合いません。暑い夏といっても、時間や快適に動ける準備をしてトレーニングを行う事が必要になります。
外気温が体温より高い日もある今年の夏は、日々の生活の中でしっかりと体調管理をしなければ、トレーニングを続けて行くことが難しいでしょう。
特に、質の高い睡眠は今年の夏を乗り切る一番のポイントではないでしょうか?
中込は今年、ほぼ毎日、睡眠時間中エアコンを使って熟睡しています。途中で起きることもなく、朝まで毎日ぐっすりと寝ることが出来るので、疲労も回復してくれます。昨年まではタイマーをセットしていましたが、タイマーが切れると必ず目を覚ましてしまいます。この違いは顕著にトレーニングに現れます。質の高い睡眠で、今年は猛暑日でも強く疲労感を感じることなく、継続してトレーニングを行えています。
まずは、エアコンとの付き合い方を考えてライフスタイルをより充実させてトレーニングも充実させましょう。
次に食事ですが、暑さの中でのトレーニング後は水分補給が過度になり、食欲が低下してしまうこともありますが、気温の高い環境下でトレーニングを行うことは身体にも大きな負担をかけているので、もし食欲の低下を感じるようになった時は上手くサプリメントを使ってコンディショニングを行う事も大切です。ただし、サプリメントに頼りすぎないように!
あくまで基本は日々の食事です。季節の野菜や食材を積極的に取り入れて行きましょう!
ところで、夏の野菜って、思い出せますか?
トマト、きゅうり、なす、獅子唐辛子、冬瓜(実は夏の野菜だったのです)、他にもたくさんあるので、筍の食材を使った料理を積極的に使って疲労回復!!が私のお勧めです!

そして、トレーニングを行う時間と場所も重要です。なるべく気温が上がらない早朝、夕方を利用して行うことも大事ですが、さらに水分補給も大切なので持参して走るか、公園など水分が確保できるルートを作っておくことも大事です。
また、日中しかトレーニングを行うことが出来ないという方は、簡易の冷却用具やサングラス、キャップなどを利用して、なるべく身体の負担を少なくすることを行いましょう。
さらに、強度に関しても注意が必要です。夏場はタイムよりも心拍数や主観的な感覚など、身体の反応を重視してトレーニングを行いましょう。季節の良い時に出したタイムを基準にしてしまうと、高い気温の中では身体に対する負荷が大きくなり、トレーニングの疲労感が強く回復に時間がかかるなど、コンディションを崩してしまう要因につながりかねません。その日限りのトレーニングではなく、継続出来る内容にしたいものです。

最後に、この季節のウェアーは必要以上の着用は避けたいものです。ちょっと体重が増えてしまったからといって、厚着をしてランニングなど絶対に行わないようにしましょう。この暑い時期に、長袖、長ズボン、もしくはウインドブレーカーなど着用しているランナーをたまに見かけますが、脱水症状、熱中症を引き起こす恐れと、確実に運動強度は低下し、トレーニングのパフォーマンスも期待できません。ウェアーは季節ごとに快適に動けるものを選択しましょう。

ということで、暑い夏も後半に入りましたが、まだまだ暑い日は続く予報です。
中込が提案する夏の過ごし方は、旬の食材をたっぷり使った食事に、快適な部屋での熟睡、そして、疲労を残さない継続したトレーニングです!
皆さんも夏バテする前に身体と相談して食事、睡眠、トレーニングを再度見直してみましょう!